出産・育児等のライフイベントの影響や、人生に対する考え方の変化などをきっかけとして、ワークライフバランスを意識している弁護士の方は多いのではないでしょうか。
弁護士は長らく労働時間など関係のない働き方が当たり前となってきましたが、それが本当にあるべき姿なのかと疑問を感じはじめている人も増えているようです。
現職でワークライフバランスが実現できればよいのですが、難しい場合には転職も検討しましょう。社会の流れや弁護士のニーズにあわせ、多様な働き方の選択が可能な法律事務所・企業もでてきています。
この記事では、弁護士とワークライフバランスに着目し、ワークライフバランスをとりやすい働き方や実現のコツ、注意点などを解説します。
目次
弁護士の働き方とワークライフバランス
クライアントワークに全力で取り組む弁護士は、ワークライフバランスとは無縁というイメージが強いのではないでしょうか。ここでは弁護士とワークライフバランスについて、現状や流れを確認しておきます。
弁護士はワークライフバランスがとりにくい職種?
インハウスや官庁などに勤務する弁護士を除けば、弁護士の仕事は労働時間に対する報酬制ではなく、個人事業主や自由業としての色合いが濃くなります。成果を挙げるには時間外や休日に働くことも仕方がない面があり、労務管理という概念は希薄です。
複数の案件を同時に抱えるだけでなく、営業活動もこなす必要があるなど多忙を極める方が多いでしょう。
こうした理由から弁護士はワークライフバランスがとりにくい代表的な職種として知られていますが、近年はその様相が徐々に変わってきています。
働き方改革の影響は法曹界にも
2019年4月から、多様な働き方を選択できる社会の実現のため、働き方改革にともなう関連法が順次施行されています。
職務の特殊性からワークライフバランスの実現が困難とされてきた弁護士ですが、働き方改革の影響は法曹界にも及んでいます。
弁護士のニーズにあわせた動き
近年はインハウス求人の増加や若手弁護士のワークライフバランス重視傾向もあり、中小の法律事務所を中心に弁護士の確保が難しくなっています。とくに若手弁護士を中心として「弁護士は激務が当たり前の職種」という考え方に疑問を抱く人が増えてきている状況です。
こうした中、新しいスタイルの働き方を模索する法律事務所がでてくるのは必然なのかもしれません。優秀な弁護士を確保するため、ワークライフバランスを意識した制度の充実化や柔軟な働き方を選択できる法律事務所が増えてきています。
女性弁護士の増加との関係
女性弁護士の増加と活躍も、法曹界のワークライフバランスを後押ししています。弁護士における女性の割合は社会一般の職種と比べて低い水準にあるものの、年々着実に増加しています。
また、2006年に実施された新司法試験制度により、女性弁護士の増加も、ワークライフバランスを意識するきっかけであったとも言えます。
社会情勢の流れを受けて、多様な弁護士の活躍が法曹界の持続的な成長を支え、社会正義の実現につながると指摘されるようになっているのです。
女性弁護士は出産・育児などのライフステージの変化に対応するべくワークライフバランスを望むケースが多くあります。しかし旧来の働き方では子育て世代の女性弁護士が職場を離脱せざるをえない場合があります。
慢性的な長時間労働や休日の少なさなどを理由に優秀な女性弁護士が継続的に就業できなくなるのは、社会や弁護士を抱える法律事務所などにとって痛手です。
女性弁護士は男性弁護士同様の活躍ができるだけでなく、たとえばDVや性犯罪などの分野において依頼者に安心感を与えるなど、女性ならではの繊細な対応による活躍にも期待できます。女性弁護士が働きやすい職場環境の整備は急務といえるでしょう。
東京弁護士会の男女共同参画推進本部でも、2019年2月に「ワークライフバランスガイドライン」を公表し、弁護士の出産・育児と業務の両立を目指しています。
1 本会会員は、法律事務所を経営するにあたり、妊娠・出産又は育児中の所属弁護士が、同事務所にて引き続き稼働できるよう、産前産後休業・育児休業制度、同休業後に同弁護士が子の養育をしながら自身の能力を発揮しうるサポート体制の整備を行うように努めることとします。
2 本会会員は、法律事務所を経営するにあたり、(1)弁護士採用の際、(2)所属弁護士が妊娠した際、及び(3)当該弁護士に子が生まれた際、産前産後・育児休業制度の有無及び同期間中の処遇、その他同期間中の事務所のサポート体制、同休業後の処遇などについて、当該弁護士に説明を行なうものとします。
3 本会会員は、法律事務所を経営するにあたり、産後休業・育児休業後の所属弁護士の職場復帰を円滑にするために、当該弁護士の復帰後の処遇について、本人の意向を尊重し、当該弁護士との間で十分な協議の機会を持つものとします。
4 本会会員は、法律事務所を経営するにあたり、所属弁護士が、妊娠・出産したこと、産前産後休業・育児休業申出をしたこと又は取得したこと、育児中であることを理由として、所属弁護士に対し、契約の解除、退所の強要、不利益な配置の変更を行うことその他不利益取扱いを行わないものとします。
5 本会会員は、法律事務所を経営するにあたり、4において禁止されるに至らない行為であっても、妊娠・出産、又は育児中である所属弁護士の個人の尊厳を傷つける言動を行わないものとします。
6 本会会員は、法律事務所を経営するにあたり、多様な働き方の実現のため、リモートワークが可能な体制の構築等、業務を効率化する具体的施策を講ずるよう努めるものとします。
弁護士がワークライフバランスをとりやすい働き方
弁護士が転職してワークライフバランスを実現するには、どのような働き方が考えられるのでしょうか。
インハウスローヤー
企業内で働くインハウスローヤーへの転職は、ワークライフバランスを実現しやすい働き方の代表的なケースです。
労働時間と収入の安定が肝
インハウスは企業の労働者の一員なので、ほかの職種と同じように労務管理の対象です。独立採算制で働く法律事務所の弁護士と異なり、残業は少なく、基本的に休日出勤もありません。突発的な業務が少ないため有給休暇も比較的取得しやすい傾向です。
平日の夜や休日には家族・友人らと過ごすなど私生活の充実がかなえやすくなるでしょう。
またインハウスを求める企業の多くは大手なので、全体の給与水準が高くボーナスや昇給もあるなど収入が安定します。売上のプレッシャーや収入の変動などによる精神的な負担はないため、気持ちの面でも安心して働くことができます。
ベンチャー企業でも実現可能
近年はベンチャー企業で働く弁護士も増えてきています。若い人材の登用が活発なベンチャー企業ではユニークな取り組みも多く、ライフステージにあわせた働き方への理解が深い傾向にあります。ITを駆使したスケジュール管理やリモートワークへの対応など、効率よく働きやすい環境が整っているケースは珍しくありません。
ベンチャー企業と聞くと長時間労働のイメージがつきまといますが、法律事務所と比較すれば総じて残業時間は短くなるため、ある程度の残業を許容できる方であれば検討してもよいでしょう。ベンチャー企業特有のチャレンジ精神があり、活気に満ちあふれているため、やりがいも感じやすい環境です。
企業法務系法律事務所
法律事務所の中にもワークライフバランス実現可能なケースがあります。たとえばある程度の弁護士数がいる中堅法律事務所であれば、既婚者がいて理解がある、チームで協力するためひとりの負担が少ないなどの条件がそろいます。
企業が顧客となる企業法務であれば、個人を相手とする一般民事や刑事案件と比べて突発的な業務が少なく、労働時間が安定します。
企業法務というと大きな法律事務所が請け負うものと思われがちですが、近年は社会のコンプライアンス意識の高まりにより相談数が増えているため、中規模以下の事務所へシフトする動きも広がっています。
このほかにも多様な働き方の選択が可能な法律事務所はあります。所長の考え方に左右される面があるため、応募先の研究や面接などを通じて確認するとよいでしょう。
外資系法律事務所という選択も
外資系法律事務所は業務が細分化されているので効率よく働ける傾向にあります。やるべきことをやりさえすれば仕事の進め方は基本的に自由なので、工夫次第で労働時間を短縮させることは可能です。
また諸外国ではプライベートを大事にしようという考え方が定着しているため、家庭の用事や休暇の取得に理解があるのも魅力です。当然、語学力は求められますが、年収も比較的高いため満足度が高まる可能性があるでしょう。
時短勤務
弁護士にとってあまりなじみのない働き方かもしれませんが、実際に時短勤務で働く弁護士はいます。とくに子育て世代の弁護士にとってはメリットの大きい働き方です。
ただし時短勤務ができている弁護士の多くは、まずはフルタイムで働き、法律事務所ないし企業で実績を残しています。
転職していきなり時短勤務というより、目の前の業務に専念し、何年かかけてワークライフバランスを実現させるという考え方も必要になるでしょう。
時短勤務を利用するには、雇用側に「優秀だから残ってほしい」と思わせられるかどうかがポイントです。
弁護士がワークライフバランスを実現させるためのコツ
転職してワークライフバランスをかなえるには次のような考え方が必要です。
自分にとってのワークライフバランスを考える
そもそもワークライフバランスとは仕事と私生活との望ましいバランスを指し、必ずしも残業時間が少ないことをいうのではありません。そこでまずは、自分にとってのワークライフバランスとは何かを考える必要があります。以下のように自らの希望を整理してみましょう。
- 普段は忙しくても子どもの学校の行事には確実に休みたい
- 残業があるが土日は休みなどメリハリのある働き方をしたい
- リモートワークが可能など柔軟な就業体制を希望する
すべての希望をかなえる働き方は難しいので、とくに何を大切にしたいのかを基準に考えることが大切です。
裁量権のある働き方ができるかを確認する
「ワークライフバランス=インハウス」と考えがちですが、インハウス以外でもワークライフバランスの実現は可能です。ポイントは裁量権のある働き方ができるかどうかです。自分の工夫次第で業務を効率化でき、業務スケジュールを自分で判断できるため、メリハリのある働き方がかないやすくなるでしょう。
制度の充実と実績をチェック
産育休や時短勤務、フレックス制度などの制度が充実しているかをチェックしましょう。制度はあるが前例がない場合には実際の利用にはハードルが上がるため、実績があるかどうかも重要です。
新型コロナウイルスの感染拡大防止のためにリモートワークや時差出勤などの工夫をした職場なのかもひとつのポイントです。社会情勢にあわせて柔軟な対応ができたのかどうかは、変化する時代の流れにそった労働環境を提供できるかどうかというひとつの指針となるからです。
緊急事態下においても頑なに従来の体制を崩さない職場では、多様な働き方を受け入れられるとは考えにくいでしょう。
額面の年収に左右されないこと
転職では年収が気になる方も多いでしょう。ただワークライフバランスを考えたとき、法律事務所では案件量の調整が必要なのでその分売上が下がります。インハウスでは労働時間が減少し、企業の給与体系に当てはめることになるため、ほかの職種と同じような年収水準になります。
ワークライフバランスの実現と大幅な年収アップを同時にかなえることは難しいため、転職先の選択では額面の年収に左右されないことが大切です。
年収がダウンしてもワークライフバランスを実現すれば、お金では買えない大切なものを手に入れられる可能性があります。それは家族との時間だったり健康的な生活だったりするでしょう。
もちろん生活できないほどの年収であれば困りますが、独立開業で失敗でもしない限り、弁護士は一般水準より高い年収を手に入れられるケースが大半です。
またインハウスの場合は福利厚生が充実している点や残業時間が短くなる点などを考えれば実質的な時給単価が上がるケースもあるので、トータルで考えてみるとよいでしょう。
「ワークライフバランス重視派」の弁護士が気をつけたいポイント
ワークライフバランスを意識するあまり転職を失敗してしまうケースがあります。以下の点に注意しましょう。
ワークライフバランス以外の優先項目も確認すること
転職の失敗例で多いのは
- 「職場環境はよいが仕事のやりがいがなくなってしまった」
- 「労働時間は長くないが職場の風土があわなくて不満」など
ワークライフバランス以外の項目で満足度が下がるケースです。たとえば人気のインハウスであっても結局はやりがいが感じられずに法律事務所へ再転職するという方もいます。
ワークライフバランス以外にも自分にとって優先したいポイントが隠れていると失敗につながります。失敗を避けるには、これまでのキャリアで何に不満を感じることがあったのか、自分はどんなときに満足度が高まるのかといった自己分析が必須です。
選考で伝えたいのは貢献度
採用者の中にはワークライフバランスについて「プライベート重視」のイメージを抱く人が少なくありません。本来的な意味とは異なるものの、選考の場面ではマイナスの印象を与えるリスクがあるため、面接などでワークライフバランスという言葉はできるだけ使わないようにしましょう。
採用者は「この応募者を採用するメリットは何か」を常に考えているため、選考で伝えるべきなのは貢献度です。応募先の視線でどのような貢献ができるのかを伝えることで、結果的に自分の働きやすい職場への転職がかないやすくなります。
法律事務所でワークライフバランスが実現できるか転職エージェントへの相談がおすすめ
転職してワークライフバランスを実現したいと思っても、本当に聞きたい残業時間や休暇の取得しやすさなどはホームページや求人票には載っていないケースが大半で、面接でも聞きにくい質問になります。
法律事務所や企業の実情を知るには転職エージェントを利用するのがおすすめです。転職エージェントは掲載先から細かくヒアリングした情報やこれまで転職を支援してきた人のデータの蓄積から、法律事務所や企業の内情を把握しています。
とくに弁護士の転職に特化した転職エージェントであれば業界事情に詳しいため気になる点を相談できますし、希望にあった求人を的確に探しだしてくれるでしょう。
まとめ
社会一般の流れと同様に、弁護士にもワークライフバランスを実現したいと考える人が増えています。
それにともない、柔軟な働き方を積極的に推進する法律事務所や企業もでてきていますので、諦めずに探すことが大切です。自己分析や企業研究を通じて自分の希望に合致した転職先をみつけましょう。
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