インハウスローヤーから転職する場合のキャリアは様々考えられますが、特に訴訟などの弁護士業務をやりたい場合、法律事務所への転職一択といった形になりますよね。
しかし、現実には、インハウスローヤーから法律事務所への転職は、上手くいかないケースもあります。
特に、新卒でインハウスローヤーとなり、フルコミットで企業内弁護士として業務を行ってきたようなケースでは、訴訟などの弁護士実務経験が乏しく、転職の際のバリュエーションの仕方で悩む局面もあるかもしれません。
この記事では、インハウスローヤーから法律事務所への転職について、困難とされる理由から、実際に転職する場合の選択肢、インハウスローヤーの経験の中で活かされるスキルなど詳しく解説していきます。
目次
インハウスローヤーから法律事務所への転職が難しいとされている理由3つ
インハウスローヤーから法律事務所への転職は、困難な側面があるとも言われていますが、その理由はどういった点にあるのでしょうか。3つご紹介していきます。
インハウスローヤーにおける「法務」と弁護士実務の差分
広いくくりでは、インハウスローヤーも法律事務所の弁護士も、法律の専門的知見、法的思考、法律文書の作成能力を発揮しながら仕事をすることが求められるので、共通する点は少なくありません。
他方で、インハウスローヤーの法務と、法律事務所の勤務弁護士の実務には、タスクの内容や仕事の仕方など様々な点で差分があります。
法律事務所での対クライアントの仕事では、相談に来たクライアントの相談内容から法的な問題点の特定、分析を踏まえて、法的な解決策を検討してアウトプットしていくフローです。
一方で、インハウスローヤーは、そもそも相談内容が法的な問題点の特定やアウトプットに限られません。ビジネス上の問題点に対する解決策が求められる場合もあります。
ビジネスジャッジをする上でのリーガルリスクの特定、分析、評価を踏まえてどのようなリスクテイクを行う可能性があるのか、リスク低減策がどのようなものかという材料を提示することが求められたりします。
アウトプットが法律文書の作成や法的な知見以外の部分に求められることがあります。このように、インハウスローヤーと法律事務所での弁護士としての働き方には、様々な側面で差分があるのです。
年収面で期待値とのギャップが生じる可能性
職務経歴によっては、年収面でインハウスローヤーとしての待遇からみると、現状維持か下回るスタートになり、ギャップが生じる可能性もあります。
特に、新卒でインハウスローヤーとなった場合、企業内での法務の取扱分野や遂行してきたタスク、実績の内容にもよりますが、訴訟対応を基本とするような業務であることは多くないと考えられます(訴訟が日常茶飯事なのは、特定の類型の業種を除いて考えにくく望ましい状態であるとはいいがたく、限定的であると考えられます。)。
そうした場合、例えばインハウスローヤーから街弁など一般民事事件(交通事故、相続、離婚など)、訴訟案件を中心とする事務所に転職しようとする場合、ほぼ未経験の新人弁護士のような状態からのスタートになります。
そこで、転職する際の年収が、現職のインハウスローヤーでの待遇面から落ちる場合も想定されるのです。
会社員と自営業との違い
また、働き方の違いもあります。先ほど述べた業務遂行的な面での他には、やはり労働であるのか、自営業なのかという点です。
インハウスローヤーは、高度な専門性のある職種ではありますが、あくまで正社員としての雇用の場合あくまで労働であることから、時間的な拘束などがあります。
その反面、福利厚生や労働基準法による過剰な労働時間の制限や残業代がもらえるといったように保護される側面はあります。
他方で、法律事務所では、基本的に個々の弁護士が個人事業主としての立場で独立して仕事を行うものであって、雇用という形をとらないのが通常です。また、仕事も事務所からアサインされる案件だけでは成長していけないので、自らクライアントを開拓していくことも求められます。
このように、会社員と自営業としての働き方の面での差分も少なくありません。
インハウスローヤーから法律事務所に転職する場合のキャリア
では、インハウスローヤーが法律事務所に転職する場合、具体的にどのようなキャリアが考えられるでしょうか。3つご紹介していきます。
企業法務の強みを活かす
まずは、企業法務としての経験を活かすことです。
特にインハウスローヤーの強みの1つは、ビジネスサイドで、かつ組織的に一体として動いていく事業・経営における具体的なオペレーションを熟知した上で、法務の知見を提供することができる点です。
また、企業の規模、法務の人員規模、事業のフェーズや規模によっては、特定の法務プラクティスに特化した業務を行う場合のほか、総合格闘技的にあらゆるプラクティスを経験する場合もあると考えられます。
あるいは、法務以外の職種(営業、マーケ、経営企画など)を経験し、よりビジネスに接近し、当事者的な視点で法務としてのバックグラウンドを活かすような場合もあるでしょう。
このような業務は、通常の法律事務所の弁護士業務としては立ち入ることが困難であり、インハウスローヤーにしかない強みであるといえます。
そうした経験を活かし、自分自身のブランディングを売っていくことが考えられます。
例えば、中小企業の企業顧問なども、通常の顧問としてのパッケージではなく、よりビジネス面での支援にコミットしてプロアクティブに法務業務をアウトプットしていくようなことも提案することも考えられます。
こうした戦略を通じて、差別化を図り競争優位性をつくっていくことができると考えられます。
培った専門分野を極める
インハウスローヤーとして関わった企業の中で培った専門分野にコミットしていくことも考えられます。
例えば、情報通信関係の事業であれば、電気通信事業法関係の専門的知見はニーズが高いものと考えられます。電気通信事業法は施行規則やガイドラインを含めて、ITやサイバーセキュリティに関する専門的知見も必要なテクニカルな法令であるため、その実務を知り尽くしている弁護士は、限られてくると考えられるためです。
今般の電気通信事業法改正では、特定利用者情報に関する規律、外部送信規律への対応において広範な事業者が対応に追われている実情もあります。
参考:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC202400Q3A320C2000000/
また、Fintech関係の事業に携わっていた経験があれば、資金決済法関係の諸法令についての法務面も、専門性が高い分野です。
このように事業の領域ごとに専門性が高い分野があることから、その専門分野の中でビジネスの現場、実務を知り尽くした弁護士として活躍していく路線も戦略的であるといえます。
街弁
街弁としてのキャリアも考えられます。
例えば、toC事業であれば、消費者保護に関する企業側の視点などを踏まえた法的なアドバイスといった形で消費者保護に関するトラブルや企業の相談への対応をしていくことが考えられます。また、先ほど述べたように、中小企業のビジネスサイドに寄り添った法務を提供していくことも考えられます。
そして、一般民事に関する案件では、一部訴訟対応などをした経験があれば、それも十分に活かされるといえますし、労働事件では労働者側の案件であっても、企業側での労務の視点を活かしたアウトプットも可能であるといえるでしょう。
インハウスローヤーが活かせる強み5つ
すでに述べている点もありますが、ここで、インハウスローヤーが活かせる強みについて、5つご紹介していきます。
経営戦略の視点
先ほど述べたように、インハウスローヤーは、機関法務を担う場合は総会や役会の運営対応などに際し、あるいは重要なビジネスジャッジの判断材料になりうるリーガルリスクマネジメントの担い手であることから、経営層との接点も少なくありません。
また、法務担当者としてのマインドセットとして、比喩的に言えば、枝葉の部分だけでなく幹の部分、あるいはより全体を俯瞰して木の全体像、ひいては森の全体像を見ることが重要であると言われます。
すなわち、単に事業の個々のオペレーションの問題に対してのみならず、経営層が考えていること、どのような事業戦略があるのかを踏まえて個々のオペレーションを位置づけることが重要であると考えられます。
そして、事業部から来る相談やプロジェクトのレビューを行う際にリスクとリターンをどのように考えるべきか、それを踏まえて法務として出すアウトプットとしての最適解を考えていくことが重要です。
このような経営戦略的な視点があることは、インハウスローヤーの大きな強みであるといえるでしょう。
組織体制と指揮系統を踏まえたアウトプット
インハウスローヤーは、企業が行う事業活動の中の一部の機能にすぎません。そして、そこに位置づけられる事業戦略上の狙いもあります。
また、組織体制を組み、他の部署との有機的な連携を通じて事業を推進していきます。
そうした組織体制の中で仕事をするのがインハウスローヤーです。そのため、組織体制や指揮系統を踏まえ、その中で他者との連携などにおいて全体最適を考えてのアウトプットをすることができることも、インハウスローヤーの強みです。
営業やマーケティングなどの視点
事業サイドの現場の視点を持ち合わせることができるのも、インハウスローヤーの強みであると考えられます。
企業によっては、法務人材の育成の1つの施策として、一定期間他部署での業務経験を行わせる場合もあります。
特に営業部は、事業の現場の最先端にあたりますが、1つ1つの取引においてどのような交渉が行われているのか、事業の仕組みがどのようなものなのか、どういった点に価値があるのかなど、法務としての判断において重要な材料となる情報を肌感覚で学ぶことができます。
そうしたポジションの視点を経験していれば、その点も大きな強みになると考えられます。
多元的なステークホルダーとの調整
さらに、様々なステークホルダーとのコミュニケーション、調整の機会があるということも強みです。
株主総会の対応や準備などにおいては、株主への対応などの手続において事業に対する株主の視点を知る機会があるほか、規制対応に関して窓口として所轄の官庁とコミュニケーンを取ることもあります。
また、法務相談の内容によっては、ユーザーや相手方と対峙して様々な説明を行うような場面もあるでしょう。
そうした多元的なステークホルダーとの調整に関する経験は、法律事務所の勤務の場面でも、クライアント、所内の弁護士、事務員、案件をつないでくれるような地方議員など事務所内外における様々な人とのコミュニケーションの中で発揮されると考えられます。
予防的視点
また、インハウスローヤーは、事業におけるリスクを未然に回避、防止することを模索する思考があります。こうした頭の使い方も、法律事務所におけるクライアントへのサービス提供にも活きると考えられます。
法律事務所では訴訟を中心に着手金・報酬金の料金体系が設定されるのが通常ですが、特に企業サイドの視点に立つと、訴訟対応の時間的・経済的コストの高さは一般論として避けたいものであって、未然に予防することが何よりスマートな経営であると考えられます。
その視点に立って、企業のクライアントに対して、インハウスローヤーとしての企業内部のリスクマネジメントの設計に関して知見を提供することは、付加価値が高いといえるでしょう。
そのため、インハウスローヤーの予防法務の視点は、大きな強みになりえます。
インハウスローヤーから法律事務所に転職する際の報酬面
法律事務所の経験弁護士採用、中途採用に関しては、特定の報酬レンジがないことの方が多い傾向にあります。具体的には、前職での経験を踏まえて、内容に応じて協議して決定というように変数的に設定されている場合があります。
インハウスローヤーとしての経験が事務所の方向性とマッチすれば、特に企業法務系の分野ではより高い報酬になることも考えられますが、一般的な街弁などの事務所を想定する場合、訴訟経験や一般民事などの実務経験が相応にない限り新卒に近い報酬設定になる可能性も十分にあります。
そのため、インハウスローヤーから法律事務所に転職する場合、インハウスローヤーとしての経験が転職先の法律事務所においてどのように活きるのか、具体的に示していく必要があるのです。
インハウスローヤーから法律事務所を選ぶ際のポイント3つ
インハウスローヤーから法律事務所に転職する際、どのようなポイントを意識して選択していくべきでしょうか。ここでは3つご紹介していきます。
企業法務経験者の募集
企業法務経験者を募集しているところであれば、マッチする確率が高いと考えられます。特に、顧問先の業種などを調べてみたときに、インハウスローヤーとして経験した業界が含まれていればなお良いと考えられます。
また、法務として経験してきた業務内容の中に、事務所の得意分野とマッチするものがあれば、歓迎されるといったこともあるでしょう。
転職先の事務所にはないものがある場合もそうですが、事務所にとってよりチャンネルが増えるので、プラスに捉えられる場合もあると考えられます。
なおかつ、自分がやったことない業界や取扱分野があれば、自身にとってさらにマッチする事務所であるといえます。
OJT・オンボーディングが充実している
街弁や総合型の法律事務所への転職を考える場合、特に訴訟や一般民事の案件に関する経験が薄いような人であれば、OJTやオンボーディングが充実しているか否かという点は1つの基準になりうるでしょう。
やはり未経験で新卒同様といった場合であれば、弁護士1年目ではないからといって、何も仕事のいろはをインプットしてもらったり、相談しながら進めることができるような機会がなければ不安になりますし、何より弁護士としての仕事を進める上でも危ないと考えられます。
働き方の多様性がある
インハウスローヤーから法律事務所に転職すると、一会社員として働いていた当時の働き方とのギャップで、ついていけなくなるような場合も考えられます。
特に女性弁護士や子どもがいる男性弁護士であれば、時短勤務、フレックス勤務、リモートワークなどの様々な選択肢を活用できることが望ましいのではないでしょうか。
そうした条件を含めて、働き方の多様性にポイントを置くことも重要といえます。
インハウスローヤーから法律事務所に転職する場合の方法
最後に、インハウスローヤーから法律事務所に転職する場合の方法について、簡単に紹介していきます。
友人・知人の紹介
これは、修習同期の友人や知人からの紹介でリファラル採用を狙っていく方法です。
法律事務所においてリファラル採用というものをコーポレートページなどでうたっているケースはほとんどありませんが、弁護士業界は信頼関係の中で繋がったりビジネスチャンスを交換し合うような特徴もあります。
そうした文化から、弁護士の採用を、所属弁護士の紹介によって行うパターンが1つ考えられます。
弁護士のコミュニティへの参画
上記と同じような視点ではありますが、弁護士会などのほか、弁護士のクラブ活動のようなものに籍を置いて参加して、そこから誘われたり紹介されたりするケースも考えられます。
転職エージェントに登録する
1つのセオリーとしておすすめなのが、転職エージェントへの相談です。転職サイトでの求人情報を探しつつ、転職エージェントがフィットしそうな案件を個別に紹介してくれたりします。また、転職に際しての書類作成のサポートなども充実している場合があります。
NO-LIMITは、弁護士業界に特化して法律事務所の求人案件を豊富に有しています。また、弁護士業界に精通したエージェントによるアドバイスやサポートを受けることも可能です。
インハウスローヤーから法律事務所への転職を検討する際も、ぜひ一度ご相談下さい。
まとめ
最後にこの記事の内容を3つにまとめます。
- インハウスローヤーから法律事務所への転職は、法務と弁護士実務との差分、年収面、そして働き方の面でミスマッチが生じやすく困難な側面がある。
- しかし、実は、インハウスローヤーから法律事務所への転職でも、従前の経験やスキルが効果的に発揮される場合も少なくない。インハウスローヤー特有のスキルが活かされる側面もある。
- インハウスから法律事務所への転職の際は、求められる弁護士像、働き方などの面でマッチするかどうかを検討すること