インハウスローヤー(以下、この記事では「企業内弁護士」のことをいいます。)は、新しい弁護士の働き方として注目され、現在もなお増加傾向にあります。
2012年からの統計では、2021年までで約4倍に増加しているというものもあります
参考:https://jila.jp/wp/wp-content/themes/jila/pdf/transition.pdf
一方で、人材の流動化が激しい時代にありますが、弁護士業界も例外ではありません。
企業内弁護士なども、ファーストキャリア、セカンドキャリアを問わず、様々な理由からさらに次のステップのために転職をする場合もあります。
今回の記事では、インハウスローヤーが現職を辞めたいと考えるケースについて、その理由、キャリアの描き方、インハウスローヤーとしての経験の活かし方などを解説していきます。
目次
インハウスローヤーを辞めたい理由5選
まず、インハウスローヤーを辞めたいと思い至るのには、どういった理由があるでしょうか。様々な理由が考えられますが、弁護士としての最大の理由として考えられるのは、やはり弁護士業務をやりたいという理由です。
もう少し掘り下げると、あくまで例ですが、次のような背景・バリエーションあると考えられます。
訴訟を中心とした弁護士業務をしたい
やはり弁護士としてのサービスの本丸は、訴訟ですよね。もちろん、訴訟の局面でインハウスローヤーが法務担当として、訴訟対応を行うこともあります。
一方、インハウスローヤーとしての業務の中で、必ずしも訴訟に関わる事案が多いわけではありません。むしろ、企業間や対第三者との間の訴訟では、外部の顧問弁護士に任せる形で、社内の法務担当であるインハウスローヤーが表に出て代理人として訴訟行為を行わないという方針の企業もあります。
そのような場合、インハウスローヤーは、外部弁護士との調整役・窓口として動く形になります。
※顧問料をタイムチャージ制などにしている場合、顧問先の弁護士に訴訟委任をすると超過時間が発生する場合があり、着手金・報酬金も上乗せになる場合もあると考えると、コスト面では社内弁護士に任せることが出来た方がベターなのかもしれません。
そこで、インハウスローヤーとして一定の期間キャリアを積んだときに、弁護士業務に戻ってみようと思い至り、辞めようと考えるパターンがあります。
自分自身が個人のお客様と相対して仕事がしたい
キャリアを考える中で、弁護士として個人の生活、ひいては人生に関わるような事に対して課題を解決できるような仕事をしたいという場合もあるでしょう。
そこで、インハウスローヤーを辞めて、いわゆる街弁として法律事務所に転職し、弁護士業務をしたいというきっかけが生じることもあると考えられます。
弁護士の仕事は、やはり直接個人のお客様や企業を相手にして仕事をすることができる点が魅力です。特に、toCの案件では、自分の業務や仕事の力量によって、クライアントの生活や人生に与える影響は、大きなものになります。
そうした伝統的に弁護士の仕事の魅力にひかれ、あるいは改めて「戻りたい」というような思いを抱くこともあるでしょう。
インハウスローヤーをしていて、弁護士としてのキャリアやスキルに不安を覚えた
上記2つの理由とは異なり、こちらはネガティブな理由です。
特に、新卒でインハウスローヤーになった場合、個人受任が許されていたりする場合を除いて、法律事務所の業務の日常には関わらない状態になります。そして、訴訟対応をするような場面が限られてくるような企業であるとすると、訴訟業務に関する経験は希薄なままとなります。
法律事務所に就職した同期と話すような場面で、弁護士業務の経験を積むことができていないと、弁護士としてのスキルに不安を覚えてしまうこともあるでしょう。
そうした背景から、特に新卒でインハウスローヤーとなった場合、3年程度の期間で法律事務所への転職を思い至ると考えられます。
中途の場合も、インハウスローヤーに転職する際、経験の内容によってはマネジメントポジションに抜擢される場合も考えられます。そのような場合、新卒の場合と比べると長期間の在籍が求められるようなケースもあります。
そうすると、弁護士業務として積み上げてきた部分の経験で、インハウスローヤーとしての業務の中でアウトプットしていない部分(上記のような訴訟などのほか、関わる事業や取扱うプラクティスの偏り)について、スキルが落ちてしまうのではないかという不安が生じることもあるでしょう。
こうした不安感から、インハウスローヤーを辞めたいと思い至ることがあると考えられます。
インハウスローヤーとしての経験を活かして別のことをしたい
法律事務所への転職以外でも、キャリアアップを求めてインハウスローヤーを辞める理由が考えられます。
例えば、最近では、法務がいわゆるルールメイキングの領域に関わることもあります。新しい法務のプラクティスとして注目が高まっているものです。
※大手企業や大手のベンチャーでは、法務部門ではなく、「政策渉外」や「公共政策」といった名称の部門であることもあります(例:LINE、ヤフー、メルカリなど)。
そうした経験から、行政や立法政策に関わる分野を開拓して経験を身に着けてキャリアを拡げていこうという戦略も魅力的であると考えられます。
最近では、行政や立法の側も、民間の人材採用の幅を広げていることもあり、任期付公務員などの形でチャンスは少なくありません。
- 金融庁:https://www.fsa.go.jp/common/recruit/index-sikaku.html
- 消費者庁:https://www.caa.go.jp/about_us/recruitment/consumer_policy/031930.html
- 国土交通省:https://www.mlit.go.jp/page/kanbo04_hy_000156.html
こうしたキャリア戦略から、インハウスローヤーを辞めたいを思う理由になると考えられます。
インハウスローヤーの働き方が合わなくなった
働き方に関して、通常の雇用を想定する場合、インハウスローヤーは、一般論として福利厚生など仕事と家庭の両立のしやすさにメリットを感じて転職することが考えられます。
また、弁護士有資格者であれば、待遇面も相応のポジションや給与を確保することが期待できます。
一方で、雇用の場合職務への専念義務があることから、時間と労力を拘束されることになります。そして、副業などができない場合は、100%でインハウスローヤーとして会社の業務にコミットすることになります。
そうした働き方がフィットせず、むしろ時間を自由に使って仕事ができる弁護士の働き方を志向することも、インハウスローヤーを辞めたいと考える理由の1つとして挙げられるでしょう。
インハウスローヤーを辞める前に考えるべきこと
インハウスローヤーを辞めようと考える場合であっても、決断をする前に次の3つを検討できたか、チェックしてみましょう。
辞めた後に何をするか
まずは、辞めた後のことについてです。
インハウスローヤーを辞めた後の選択肢について、考えられるものについて整理してみました。
- 転職
- 法律事務所に転職する
- 官公庁の任期付公務員などに転職する
- NPOやNGOへの転職
- 国際機関への転職
- 別の民間企業で異なる職種にチャレンジする
- 独立
- 法律事務所を開業する
- フリーランスになる
- 起業する
- FIRE
- 働かずに投資などをして不労所得で生きていく
これ以外にも様々な選択肢が考えられますが、今一度検討できるものがないか、考えてみるのもよいでしょう。
辞めた後に経験・スキルをどう活かすか
FIREの場合を除いて、社員、個人事業主あるいは経営者としてどのように経験・すきを活かしていくのか、考えることも重要です。
インハウスローヤーは、いわゆる弁護士としての専門性が要求される業務にとどまらず、組織で働く一員として様々なマネジメントやビジネスマインドを体得できます。
そうした弁護士としてのスキルとは離れた部分にも目を向けてみると、視野が広がるかもしれません。
辞めた後転職する時、転職先をどう探すか
転職をする場合、転職先をどう探すかという点も、整理しておく必要があります。ブレインストーミング的に検討して、最適な形を選択できているかチェックしてみましょう。
詳しくは、最後の部分で解説します。
インハウスローヤーを辞めた後に活かせるスキル3つ
インハウスローヤーを辞めた後、どのようなスキルを活かしていくことができるでしょうか。弁護士としての法律のエキスパートとしてのスキルはもちろんですが、ここではそうしたリーガル面以外に活かせると考えられるスキルを3つご紹介していきます。
コミュニケーション能力
まずは、コミュニケーション能力です。
通常の法律事務所での仕事(一定の組織構造を持つような事務所を除きます。)を想定する場合でも、弁護士業務としてコミュニケーション能力の高さは求められますが、法律の専門家以外の職種の人など、様々な役割を持つ人とのコミュニケーション能力はインハウスローヤー特有のスキルであるといえます。
インハウスローヤーは、業界内の人間関係に限られず、また社内外の様々なステークホルダーの人との関わりを持つ機会が多くあります。
そうした中で、様々な知見を持った人と関わることや、そこから知見を得ていく能力も重要であると考えられます。
根回し力
弁護士は、職人的な側面、個人事業主としての特質がある分、組織の活動に際しての根回しをする機会は限られます。
一方で、インハウスローヤーは、先ほど述べたように、企業の中で事業を動かしていく上で、組織として動いていくために各部署との統一的な連携などを行っていくことが求められます。
その際に、様々な水面下での調整などを行うことが自然と求められます。そのため、場の設定、根回し力が向上しやすいと考えられます。
そうしたスキルは、ビジネスマンとしてのスキルでもあるので、法律の専門性とは別の軸として重要な要素といえます。
経営者視点の判断能力
また、企業法務を手掛ける外部事務所とは異なり、より事業の内部から経営者視点で様々な事業における課題に対する判断能力が身についていると考えられます。
事務分掌が明確であったり、経営部分とは離れたオペレーション部分のみを担当するような場合は難しいですが、法務は経営判断、特にリスク判断に価値があるため、経営層とのコミュニケーションも、事業部の同じ一般社員と比較すると、機会が多いのではないでしょうか。
そうした業務の中で身につく経営者視点の判断能力も、インハウスローヤーとしての経験の中で得られる重要なスキルであると考えられます。
インハウスローヤーを辞めた後のキャリア例
実際にインハウスローヤーを辞めた後のキャリア例として、具体的にどのようなものがあるでしょうか。先ほど概要を触れましたが、5つの例をポイントに絞って解説していきます。
企業法務系の法律事務所への転職
ビジネスの現場での法務の経験がダイレクトに生きるものとしては、やはり企業法務系の法律事務所への転職です。
また、どのような規模の会社での経験をしたのか、どのような業務を担っていたのか、実績として何があるかなどによって、入ることができる事務所も変わってきます。
法務として扱った分野が一転集中的なものである場合でも、例えば知財関係やエンタメについての事業である場合、エンタメ系の企業を相手とするブティック型法律事務所への転職も、経験にマッチしたものとして1つの最適解といえます。
いずれにしても、インハウスローヤーとしてのキャリアの中でどのような業務を経験し、どのような実績を残してきたのか、強みは何かを徹底分析していくことが重要です。
一般民事・総合型法律事務所への転職
既に述べた通り、訴訟分野の経験などは必ずしも厚いものではないと考えられるため、経験を活かせるベストな環境という意味では、少し離れる場合もあります。
一方で、事務所によっては、「法人のクライアント、顧問先企業を増やしたい」といったニーズがあれば、インハウスローヤーとして得た経験が事務所の経営戦略の方向性とマッチする場合もあります。その中で、事務所の中での自身のポジションをとることができるという考え方もできるでしょう。
その中で、訴訟などの一般民事の分野や、刑事事件についてのスキルを身に着けていく、あるいは感覚を取り戻していくという形も描ける可能性もあると考えられます。
官公庁への転職
官公庁への転職は、インハウスローヤーで在籍していた企業の事業に関わる領域を中心に、行政・立法の側からのキャリアを経験するという意味で、マッチする可能性はあります。
事業領域や経験した法務業務、法令の分野によっては、ダイレクトに経験が生きるようなポジションも考えられます。
独立開業
法律事務所の独立開業も考えられます。中途でインハウスローヤーになった人で、特に個人受任を企業から許可されてクライアントを持ち続けていた場合には、そのまま独立開業をしてしまうという選択肢もありえるでしょう。
ただ、クライアントの数は限りがあったり、弁護士としての実務経験の感覚をつける・取り戻していく必要があることには変わりないため、個人での開業というよりも、チームで改行してナレッジシェアしながらできる形が無難であると考えられます。
起業
今後のトレンドにもなりうるのが、起業という選択肢です。
すでに弁護士が起業することはリーガルテック界隈を中心に「当たり前」にもなりつつあるところですが、ALSP(Alternative Legal Service Provider)が注目されています。
ALSPは、契約業務(レビュー、作成、管理など)に関するアウトソーシングプロダクトがすでに市場を形成していますが、法務案件管理や法務組織・マネジメント支援ツールの開発なども、インハウスローヤーとしての経験を活かすことができる領域であると考えられます。
インハウスローヤーから転職する場合の方法3つ
最後に、インハウスローヤーから転職する場合(起業や独立開業を除きます。)の方法についてお話していきます。
転職サイトから求人を探して応募
まずは、求人サイトから案件を探してみることが考えられます。
法律事務所の場合であれば、どのような事務所が求人を出しているのか、事務所の特色、経験を活かすことができそうな分野はどこなのか、事務所のボス弁の性格や経営戦略がどのようなものかなど、事務所訪問などのコミュニケーションも積極的に行うことがポイントです。
また、必要に応じて、求人サイトだけでなく転職エージェントに相談して壁打ちをしてみるのもよいでしょう。
そして、修習同期の弁護士や身近な先輩弁護士などにも相談をしていくことのほか、弁護士会の人脈などがあれば、それを活用することも考えられます。
JILAなどインハウスローヤー向けコミュニティから求人情報や紹介
JILA(日本組織内弁護士協会)に所属している場合、JILAからの情報を得ていくことも考えられます。
求人情報は、どちらかというと企業の法務担当や官公庁の弁護士募集の方が多い一方で、賛助団体の事務所などもいるほか、法律事務所の求人情報も様々な内輪の情報として流れてくることがあるので、キャッチしていくことが考えられます。
弁護士専門の転職エージェントへの相談
弁護士専門の転職エージェントへの相談もおすすめです。弁護士業界に精通し、弁護士業務の実務や人材の市場について知り尽くしているエージェントであれば、求人情報はもちろん、転職の際のアピールの仕方も最適なサポートが期待できます。
NO-LIMITは、弁護士業界に精通し、弁護士の転職実績が豊富なエージェントですので、ぜひ一度ご相談ください。
まとめ
最後にこの記事のポイントを3つにまとめます。
- インハウスローヤーを辞めたい理由としては、弁護士業務をやりたいという志向が芽生えることのほか、インハウスローヤーとしての経験を活かしたキャリアアップ、働き方の面での不安・不満などが挙げられる
- インハウスローヤーを辞める前に、辞めた後のキャリア、弁護士資格を活かすのか否か、どのようなライフスタイルを望むのかなどを考えるべき
- インハウスローヤーの経験の中で得ることができるスキルは、法務のスキル以外の面でもたくさんある。転職の際には、経験とのマッチやそれを発展させていくことができるかどうかを判断することがポイント