街弁とはその名のとおり、街の弁護士のことを差し、離婚や交通事故、債務整理といった一般個人の法律問題から地元の中小企業の法務まで幅広い業務を扱っています。
本当に困っている人の手助けをできてやりがいを感じられるなど仕事の魅力が大きい街弁ですが、仕事の進め方や事務所の将来性などを理由に転職を考えている弁護士もいることでしょう。
では街弁から転職する場合にはどんな転職先がフィットするのでしょうか?
この記事では街弁の定義や現状、年収などを説明したうえで、志向別の転職先について解説します。転職活動をする際の注意点も確認しましょう。
目次
街弁の現状
街弁の定義に触れながら、街弁の仕事内容や現状について見ていきましょう。
街弁と呼ばれるのはどんな弁護士なのか
「街弁」と呼ばれるのは、地域密着型の法律事務所で働く弁護士です。
地域住民以外からの案件もありますが、主には地域住民や地元企業からの依頼で成り立っています。法律事務所の規模は一般的に小規模で、個人経営または共同経営で運営しています。
弁護士白書によると、
- 2021年の事務所数は1人事務所が10,841
- 2人事務所は3,149、3~5人事務所が2,655
です。全体の事務所数17,772に対し、5人までの事務所が法律事務所全体の約93%を占めています。小規模経営の事務所が圧倒的多数であることが分かります。
※参考:弁護士白書2021年版|資料1-3-3 事務所の規模別に見た事務所数の推移
なお、弁護士の呼び方としてほかに「イソ弁」や「ノキ弁」があります。
イソ弁は法律事務所に雇われた新人弁護士、ノキ弁は法律事務所の一部を借りて弁護士活動をしている弁護士のことです。街弁の中にもイソ弁やノキ弁から始めて地域の法律事務所で働くようになった方が少なくないでしょう。
街弁の仕事内容
街弁の仕事内容は多岐にわたります。クライアントは一般個人または中小零細企業です。個人の法律トラブルを解決に導いたり、中小企業の顧問を受けたりします。
- 離婚
- 相続
- 債務整理
- 交通事故
- 中小企業の法務
- 刑事事件 など
大手の法律事務所のように大企業の法務など大型案件を扱うことはあまりありません。
コロナやデジタル化で苦境に立たされる街弁
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、多くの業種で経営難や倒産が相次ぎました。
弁護士業界も例外ではなく、とくに街弁には大きな打撃がありました。民事裁判の延期や期日の取り消しが多発し、交通事故案件もコロナ禍で減少しました。こうした影響から売上が激減した街の法律事務所は少なくないようです。
一方、街弁でもデジタル化に舵を切った事務所は売上を伸ばしています。法律事務所のデジタル戦略は、ウェビナーでのクライアント獲得やオンラインの法律相談、デジタルを活用した事業を展開するベンチャー企業の支援などさまざまに考えられます。
また、弁護士業務をデジタル化することで効率化を図り、空いた時間を営業に充てるのもひとつでしょう。地域を問わない営業活動を展開できるのもデジタル化の魅力です。
このように大きな可能性があるデジタル化ですが、反対にデジタル化に対応できない街弁は従来のやり方が通じなくなり、今後淘汰されていく可能性があります。
街弁の年収
令和元年賃金構造基本統計調査によると、弁護士の年収は728万5,600円でした。
企業規模計(10人以上) | |||||
性別_基本 | 職種全区分 | 所定内実労働時間数【時間】 | きまって支給する現金給与額【千円】 | 所定内給与額【千円】 | 年間賞与その他特別給与額【千円】 |
男女計 | 弁護士 | 160 | 502.5 | 501.2 | 1255.6 |
男 | 弁護士 | 156 | 531.6 | 530.6 | 920.5 |
女 | 弁護士 | 165 | 459.4 | 457.6 | 1752.0 |
1,000人以上 | |||||
所定内実労働時間数【時間】 | きまって支給する現金給与額【千円】 | 所定内給与額【千円】 | 年間賞与その他特別給与額【千円】 | ||
男女計 | 弁護士 | 148 | 482.9 | 461.8 | 1903.2 |
男 | 弁護士 | 147 | 474.7 | 454.2 | 1712.4 |
女 | 弁護士 | 148 | 504.0 | 481.3 | 2399.4 |
100~999人 | |||||
所定内実労働時間数【時間】 | きまって支給する現金給与額【千円】 | 所定内給与額【千円】 | 年間賞与その他特別給与額【千円】 | ||
男女計 | 弁護士 | 168 | 428.1 | 426.6 | 1339.5 |
男 | 弁護士 | 163 | 355.0 | 355.0 | 376.4 |
女 | 弁護士 | 172 | 466.4 | 464.1 | 1843.9 |
10~99人 | |||||
所定内実労働時間数【時間】 | きまって支給する現金給与額【千円】 | 所定内給与額【千円】 | 年間賞与その他特別給与額【千円】 | ||
男女計 | 弁護士 | 156 | 539.4 | 539.4 | 1174.5 |
男 | 弁護士 | 155 | 576.2 | 576.2 | 995.8 |
女 | 弁護士 | 159 | 449.1 | 449.1 | 1613.0 |
※きまって支給現金給与額×12+年間賞与その他特別給与額で計算
ただし、これは企業規模10人以上のデータなので、小規模事務所に所属する街弁の実態とは異なる可能性があります。
一般に街弁の年収は300万~1,000万円と非常に差があります。街弁の年収は年齢や経験、案件の単価や個人案件の受注状況などさまざまな要素が絡むため一律に年収を出すのは困難です。
たとえば離婚や交通事故などは比較的単価が高い案件だといわれており、こうした案件を中心に受注しているなら若手でも800万円以上稼げる場合があります。
さらに個人案件が多ければ1,000万円を超える場合もあるでしょう。一方で、300万~400万円ほどの年収にとどまっている弁護士もいます。
街弁の年収は減少傾向にあるといわれています。理由のひとつは司法制度改革によって弁護士数が増加し、法律事務所の数も増えたことです。単純に法律事務所が増えればほかの事務所との競争が激しくなりますし、価格競争も起こるため単価が低くなります。
そのため弁護士の年収も減りやすいと考えられます。とくに競合が多い都心の街弁は供給過剰の状態に陥っており、経営が厳しい事務所は少なくありません。
街弁として働く魅力
知名度や若手弁護士からの人気が高いのは大手法律事務所ですが、街弁には街弁の魅力があります。
仕事に対する裁量権が大きい
案件の難易度や規模にもよりますが、街の法律事務所は各弁護士が依頼から裁判までを単独で受任します。
案件を自分の裁量で進めることができるため、成長スピードも速いです。
仕事の進め方を工夫することで残業を減らすことも可能ですし、反対にバリバリ仕事を受任して忙しくすることもできます。
幅広い業務を経験できる
大手法律事務所や外資系事務所は基本的に企業法務を中心に扱いますし、ブティック系法律事務所は専門特化した分野を扱います。各分野で専門性を高められる一方で、業務内容は限定されていきます。
街弁が扱うのは一般民事から刑事事件、企業法務まであるため幅広い業務を経験できます。
ときには刑事事件を扱うこともあるでしょう。そのため、いったんは大手法律事務所へ入所したものの、幅広い業務を経験したいとの理由で街の法律事務所へ転職する弁護士も存在します。
依頼者一人ひとりに寄り添える
大手法律事務所ではダイナミックな案件に関われる面白さがありますが、案件の規模が大きく、依頼者は主に企業なのでクライアントとの距離が遠くなりがちです。
複数の弁護士で分業化されており、ひとつの案件に濃密に関われないケースもあります。
一方、街弁は依頼から事件解決までを一人の弁護士が担当します。一人ひとりの悩みに寄り添って業務にあたるため、依頼者との距離が近いのが特徴です。
自分や家族の法律トラブルで本当に困っている人の助けになることができ、依頼者から直接感謝の言葉を受けたときにはやりがいを感じやすいでしょう。「人の役に立ちたい」という動機から弁護士を目指した人などは街弁が合う可能性があります。
街弁が現職に不満に感じやすい要素
街弁が転職するにあたり、不満が動機になるケースがあります。街弁が不満に感じやすいのは以下のような点です。
雑務が多く弁護士業務に専念しにくい
所属する法律事務所のスタッフ数にもよりますが、雑務が多いという声はよく聞かれます。
パラリーガルや弁護士秘書などの事務スタッフがいればやってもらえる事務作業や雑務も、スタッフ数が少ない事務所では弁護士自身がこなさなければなりません。
仕事の仕方がアナログ
仕事の進め方がアナログで不満を感じるという声もあります。業務管理システムや最新のパソコンがなく、ほとんどの業務を手作業で進めるようなケースです。
弁護士業務は対面や書面提出が義務付けられている場合もあるため、アナログ的な仕事の進め方も仕方がない面があります。またデジタル化にはセキュリティ面などの課題もあり、必ずしもアナログが悪いわけではありません。
しかし単にデジタルが苦手というだけでアナログに固執している法律事務所では柔軟な考えや新しい取り組みができない可能性があります。
事務所の将来性への不安
将来性に不安を感じる理由としては、代表弁護士の高齢化や営業力がないこと、新しい分野の開拓に消極的であることなどが挙げられます。
街弁の場合は代表弁護士が高齢になって健康上の理由から事務所をたたむケースも少なくありません。事務所の先行きが不透明であれば転職を考えるのは無理もないでしょう。
職場の人間関係
仕事を辞めたい理由でとくに多いのは職場の人間関係です。日本労働調査組合の調査によると、仕事を辞めたい理由としてもっとも多かったのが「職場の人間関係」と「評価・待遇に不満」でした。
※参考:日本労働調査組合|【日労公式】仕事を辞めたい人は全体の3割強!退職動機に関する労働調査(2021年4月度プレスリリース)
弁護士も人間ですから、職場の人間関係が不満に感じることは当然あり得ます。とくに小規模の法律事務所は弁護士やスタッフの人数が少ないため、人間関係が密になりやすく、合わない場合はストレスに感じやすいものです。
同僚の弁護士やその他スタッフとの人間関係、代表弁護士からのパワハラ、職場の雰囲気が合わない(体育会系のノリ等)などが考えられます。
街弁からの転職先|どんな志向の弁護士が向いているのか
街弁からの転職先は、同じく街弁への転職のほかに「渉外系」「企業法務系」「ブティック系」「総合型」「インハウス」という選択肢があります。
渉外事務所に向いている弁護士
渉外事務所は外国とのビジネス法務を扱う法律事務所のことです。外国または外国法が関わる業務のうち、M&Aやライセンス契約など規模が大きな案件を扱うのが特徴です。
五大法律事務所をはじめとする大手法律事務所が主ですが、中規模の法律事務所で渉外案件を専門的に扱うケースもあります。
渉外事務所は語学力が必要なのはもちろん、案件の規模が大きく昼・夜が逆転する場面もあるため体力も求められます。
渉外事務所は「ダイナミックな案件に関わりたい」「グローバルに活躍したい」「語学力を活かしたい」といった志向の方に向いています。また基本的に組織が大きいためほかの弁護士やスタッフと協力できる方にも適性があるでしょう。
企業法務系法律事務所に向いている弁護士
企業法務を中心に扱う法律事務所です。五大法律事務所のほかに中規模でも企業法務を扱う法律事務所があります。
個人の法律トラブルではなく、企業が絡む法律問題を扱うため、ビジネスに関心がある方に向いているでしょう。
また経済のグローバル化にともない海外との取引がある企業が増えているため、語学力が高い方にも向いています。
ブティック系法律事務所に向いている弁護士
ブティック系法律事務所は特定分野を取り扱う法律事務所です。多様なジャンルがありますが、特定のジャンルに専門特化しています。
M&Aや知的財産など企業法務に関連する大型案件を扱う場合もあります。
ブティック系法律事務所は特定の分野の専門性を極めたい弁護士に向いています。特に東京などの都会は弁護士数が多いため、専門分野をもってほかの弁護士との差別化を図ることは大きな意味があることです。
ただし、ブティック系法律事務所は専門特化する分、ほかの分野での経験はほとんど積めません。そのため転職する際は本当にその分野に力を入れていくのか熟考が必要です。
ブティック系法律事務所は即戦力を求めているため、その事務所で取り扱う分野の専門性がなければ転職は難しくなります。基本的にはその分野での経験が3年以上は必要です。
街弁として働く中で多く扱ってきた分野があるとか、その中で極めたい分野があるといった場合には採用可能性が高まるでしょう。もっとも、弁護士登録2年以内の若手弁護士なら即戦力でなくてもポテンシャルが認められれば採用の可能性はあります。
大手総合型法律事務所に向いている弁護士
大手法律事務所の中でも民事から刑事、行政事件まで、個人案件から企業案件まで幅広い案件を取り扱う事務所があります。
いわゆる総合型の法律事務所で、大手の場合は全国に支社があり各支社が街弁のような働きをしています。五大法律事務所も多様な案件を扱う総合型ですが、個人からの依頼は基本的に受け付けていないという違いがあります。
大手総合型法律事務所に向いているのは、街弁としての業務内容には魅力を感じているが、所属事務所の規模を上げたいなどの希望がある方です。
幅広い案件を担当できる点は街弁と同じですが、規模が大きいことで充実した研修を受けられたり全国の所属弁護士に相談できたりといったメリットがあります。
インハウスに向いている弁護士
企業法務に関わりたい場合、企業の外から外部専門家として間接的に関わることも可能ですが、インハウスは自社の案件として直接関わることができます。
また外部から関わる場合は紛争の事後的解決に尽力するケースが多いですが、インハウスでは予防法務にも取り組めます。「経営に近い場所に身を置いて内部から企業を盛り上げたい」「特定の業界のビジネスに興味がある」といった方に向いています。
また、インハウスは法律事務所と比べてワークライフバランスを保ちやすいため、現職の働き方がきついと感じている方も満足できる可能性があります。
転職に際しての注意点としてはキャリアパスが限定される点や、組織との相性が重視される点です。ビジネス知識やコミュニケーション能力、語学力なども求められます。
街弁の転職活動はここに注意
街弁が転職活動をする際に気をつけたいポイントを解説します。
就職活動すらしたことがない場合は転職ノウハウがない
司法修習のあとに人脈を頼って街弁になったため、まともに就職活動すらしたことがないという方がいます。
就職活動と転職活動は別ものですが共通点も多いため、就職活動をしていない場合は転職のノウハウがありません。転職ノウハウとは単純な応募方法だけでなく、自己分析やスキルの棚卸しの方法、キャリアについての考え方なども含みます。
挨拶の仕方や応募時の注意点など世間では一般常識と思われるような知識もないケースがあるため、注意が必要です。この場合は、転職活動全体をサポートしてくれる転職エージェントに相談して活動したほうがよいでしょう。
中堅以上になると特定のスキルのみで転職するのが難しくなる
とくに力を入れている分野がある事務所に勤務していた場合、中堅以上になると特定のスキルのみで転職するのが難しくなることがあります。
幅広い経験を積んだうえで特定分野を極めたのならよいのですが、若手の頃から同じような案件ばかりを扱っていたケースでは転職先の選択肢が狭くなります。
同じ分野での転職であれば採用される可能性が高いですが、業務の幅を広げたい等の希望がある場合には難しい可能性があるでしょう。
給与や条件など確認漏れが多い...
弁護士は受注した仕事は厳しく取り組みますが、自分のことになると大雑把になる方も多いです。
転職先を決める際に給与や条件を確認するのは一般的には当たり前のことですが、弁護士の転職では意外にも確認漏れが起こります。とくにお世話になった弁護士や先輩の紹介で転職する場合などには、紹介者への信頼感から確認を怠るケースがあります。
いくら紹介でも給与や条件、業務内容や働き方などの確認をするのは自分自身です。転職後に不満を感じないためにも事前に確認しておきましょう。
業界内のつながりが強いから円満退職が必須
弁護士は業界内のつながりが強い職種です。後足で砂をかけるようなことをすれば、転職先に知られてしまう可能性は否定できません。不満があって辞めるとしても、自分のキャリアを考えたうえでの決断だと丁寧に説明し、円満退職を目指したいものです。
街弁からの転職について悩んだときの対処法
街弁が転職に悩みを抱えたときは、自身自身を見つめ直したうえで、頼りになる相手へ相談してみるとよいでしょう。
自分の強みや志向を整理する
まずは自分の強みはどこにあるのか、どんな分野でキャリアを築きたいのかを整理しましょう。それをもとに転職先を考えることで、能力を存分に発揮できる職場との出会いが生まれます。
同時に、今の事務所では自分の強みを活かすことや希望のキャリアを叶えることはできないのかも考えます。突き詰めて考えた結果、やはり街弁が自分に合っていると思ったのであれば、それは間違いではありません。
先輩弁護士や同期に相談する
大学や法科大学院、司法修習中に出会った先輩や同期へ相談するのも方法です。
今働いている法律事務所の先輩や同期へは相談しにくくても、ほかの法律事務所で働く先輩弁護士や同期になら相談しやすいでしょう。
相談をきっかけに「自分の法律事務所でこんな人材を募集している」などの紹介を受けられるケースもあります。
注意点としては、あくまでも相談した先輩や同期個人の意見を聞くことになるため、ときとして偏った意見になりがちです。
実際に転職活動を経験した方であればためになる話も多いでしょうが、本人の志向と異なる場合が多いため、参考程度に聞くようにしましょう。
弁護士の転職に詳しい転職エージェントに相談する
転職支援のプロである転職エージェントに相談するのも有益です。転職エージェントの場合、転職市場に詳しく、客観的な第三者の立場からアドバイスしてもらえるのがメリットです。
また転職エージェントは過去の求職者や掲載事務所の担当者からの情報など、信憑性の高い情報を扱っています。
近しい人に相談しても単なる想像や思い込みによるアドバイスしか受けられない場合がありますが、エージェントは関係者の生の声や求職者から得たデータなどを提供してくれるため、最適な選択につながります。
とくに弁護士の転職に特化した転職エージェントへ相談することをおすすめします。業界の最新動向や希望する業務内容を踏まえたアドバイスとサポートが受けられるでしょう。
まとめ
街弁は地域の住民や中小企業のために奔走する弁護士です。
仕事の裁量権が大きく幅広い業務経験を積みやすいなどの魅力がありますが、もっと専門特化したい場合や大きな案件に関わりたい場合には転職も選択肢のひとつです。
転職について悩んだ場合は弁護士の転職に詳しい転職エージェントに相談してみてはいかがでしょうか。