弁護士になって十日目にスタートアップへ出向してから三年。
前編では「新人弁護士がスピードと未知の渦に飛び込み、何とか泳ぎ方を覚えるまで」の物語を共有しました。
後編では、その新人が法務課長に抜擢され、事業を支える“法務組織”をリーダーとして推進するプロセスについてお話します。
プレッシャーと好奇心がせめぎ合う日常、経営と現場の橋渡しで得た学び、副業で外の空気を吸いながら複眼的に思考した経験について、若手法務パーソンのキャリア設計に少しでもリアリティを届けられれば幸いです。
目次
法務リーダー就任と組織マネジメントのはじまり
法務担当者として新人から歩み始めて1年と5か月あまり、私は、法務リーダーに就任することとなりました。
リーダー就任のきっかけ
法務コンプライアンスのチームリーダーになったのは、従前リーダーを務めていた方が勤務形態を変更することになり、後任が必要となったためでした。
会社側は、中途採用で経験者を採用して欠員補充を図ることも当然選択肢としてあったと思われます。
しかし、およそ1年半弱までの間に、私は、様々な案件を着実に進めてきたことに対し、有難くも信頼を得ることができ、「ぜひ後任をお任せしたい。挑戦してみてほしい。」とのオファーをいただくことになりました。
実質1年半という段階での挑戦心と不安
このようなオファーを受けたことに対し、一面では、それまでの自分自身の業務としてのパフォーマンスや成果を一定認めていただくことができ、社員の方からの信頼を得ることができた1つの証であると思い、とても嬉しく、光栄に感じました。
そして、出向ではあるものの、5年、10年の経験があるようなものではなく、わずか1年半の経験ではあったものの、裁量と責任をもって一層大局的な視野に立って事業の法務課題に取り組んでいくことに、挑戦心が芽生えました。
一方で、不安もありました。法務のチームリーダーとしての役割を果たすには、知見も経験もまだ役不足なのではないか、事業のフェーズとしてIPOや主力事業の進展に伴い一層高度な案件や大きなプロジェクトも起こりうるが、自分に務まるのかという不安です。
体制的に、法務チームは大手のような組織ではなく、マネージャーではなく、自分自身でも手を動かすプレイングマネージャーという形でしたが、一層業務負荷も大きく難易度が高いものです。
リーダー就任への決意
それでも、このような機会は二度となく、私自身も信頼に応えたいという思いと、事業の中で重要な法務・コンプライアンスという要衝を担うことで、一層幅と深みのある経験を積むことで成長することができるのではないかと考えました。
そして、自分なりに、細かな依頼案件だけではなく、従前の体制では取り組めていなかった中長期的な法務課題に取り組んでいきたいという思いがありました。
そこで、法務リーダーに就任することを決意しました。
法務リーダーとしての壁
法務のチームリーダーとして新たな一歩を踏み出しましたが、私には越えなければならない壁がいくつもありました。
責任と判断の幅広さと重さ
法務リーダーとして机に届く相談は一見同じに見えても、実際には四つのレイヤーに分かれていました。
- 経営戦略に直結し会社の進路を左右する案件
- 複数部門を巻き込み事業運営全体に波及する案件
- 単一部門の施策でも中長期で全社方針に影響しうる案件
- その場限りのケースバイケース案件
上位レイヤーほど経営判断の重みが増し、求められる調査深度や証拠の精度も桁違いに高くなります。
ところが、チーム人員数も限られている中で①や②に時間を割きすぎると③④の対応が滞り、現場の信頼を失うリスクが高まる一方で、軽い相談を片付け続けると「本当に重要な論点を見落としていないか」と不安が募ります。特に、経営判断に関わる案件は、迅速な判断が求められる中でも慎重さが勝ります。
このジレンマの中で私は、案件を分類した瞬間に“どれだけ慎重に、どれだけ工数を使うか”を決め切らねばならない重圧に悩み続けました。
特に、①の規制適合判断では一文書くにも根拠を掘り下げたくなり、検討が深夜におよぶこともしばしば。
限られた時間で『どこまで深掘りし、どこで割り切るか』を決める怖さが、最も精神を削るポイントでした。
経験の量・質とのギャップ
法務課長になって最初に痛感したのは、保育という専門領域と IT・データビジネスの技術基盤が重なり合う事業特性ゆえに、求められる経験知の幅が想像をはるかに超えていたことでした。
目の前のリーガルリスクを評価しようとしても、そもそも「乳幼児の発達段階における安全基準」や「現場で起こり得るヒヤリハットの頻度」「サービス利用に伴う心理的ハードル」といった保育実務の肌感覚が自分には欠落している。
かと思えば、登録・マッチング・レビューといった各工程は API 連携やアルゴリズムで動くため、個人情報保護やデータマッピングやデータベースの構造理解、システム構造などに関する技術的な知識も不可欠です。
しかし、新人法務担当者レベルであった従前の経験では、 IT プロダクトの設計思想やスキーマの細部まで理解が追いつかず、仕様書を開いてもどこがリスクの発火点になるのかが直感できない——そんな空白が随所にありました。
リーガル判断を下すたびに「自分は本当に現場をわかっていないのでは」と不安が襲い、保育と IT という二つの専門世界を同時に覗き込みながらも、どちらの文脈にも深く踏み込めていないもどかしさが積み重なっていく。
結局、判断の根拠を示すときも“条文と一般論”に留まりがちで、現場からのフィードバックに対して納得度の低い説明しかできない場面が続きました。専門家として背負う責任の重さと、自身の経験の浅さが醸し出すギャップは、日々の意思決定を重く鈍いものにしていました。
スキルとのギャップ
リーダー就任時、私はメンバーの目標設定や評価面談といったマネジメントの基本動作をほとんど経験していませんでした。
レビューや交渉の個人技で成果を出した過去が、かえって「自分が動けば早い」という思考癖を強め、チーム全体を俯瞰して動かす視点が欠落していたのです。
また、随所で法務がバックオフィス横断のハブになる場面もありました。
特に、税務会計部分には、横断的な判断が求められることがあり、経理財務としての業務フローの内側は経理担当の領域でしたが、税法などの内容については顧問税理士と連携しながら法的な確認を行うこともありました。
こうして「人を動かす術」と「数字を動かす術」の双方が未熟なまま、責任だけがのしかかる格好となり、成果物の質を担保しながらチームの成長をどう設計すべきかについて乗り越えるべき壁があったのです。
経営層の視座の解像度
各事業部の担当者と議論する場では、プロダクトの機能やオペレーション課題を細部まで把握し、具体的なリスク論点を整理することができました。
しかし、会議室のドアを開けて取締役会のテーブルに着いた瞬間、同じ説明がまったく通用しない現実に直面します。
経営層が見ているのは、三年後の市場ポジションや投資回収のシナリオです。
「この施策は将来のユーザー基盤拡大にどう寄与するのか」「資本効率を保ったまま準公的な事業として安全網を広げられるのか」――こうした問いに対し、私は数字やマイルストーンを示す言葉を持たず、結果として議論から置き去りにされる場面が続きました。
こうした事業全体を俯瞰した“戦略シナリオ”を描けないことが当時の自分の最大の盲点であり、法務課題を抽出する深度にも偏りが生まれていたのです。
私に欠けていたのは、施策を戦略の文脈に位置づけ、ROI や市場シェアなど経営指標と紐づけて語る視座でした。
プレイングマネージャー
メンバーを束ねながら自分自身も大量の契約レビューと緊急対応をこなす――この“二足のわらじ”が、想像以上に精神と体力を消耗させました。
全体の数字を眺めてリソース配分を語る瞬間と、自分が締切に追われて焦る瞬間が数時間単位で入れ替わり、主観と客観のレンズが絶えずブレるのです。
特に繁忙期は「自分さえ踏ん張れば今週は乗り切れる」という短期思考に陥りやすく、チームの負荷を冷静に測る余裕が失われます。
結果として、レビューを抱え込み、決裁が滞り、メンバーの学習機会まで奪ってしまう悪循環を招きました。
自分の限界を誰より把握しているはずの立場なのに、その限界を越えてしまう――プレイングマネージャーという役割が孕むジレンマに、私は長く悩むことになります。
まずは自分自身の課題克服から
このように、法務リーダーになって様々な悩みや壁に直面したことから、まずは自分自身が感じた自分の課題克服から取り組むことにしました。
上記で挙げたような課題をしらみつぶしに取り組むことは、効率的ではなく、むしろ基本的なビジネススキルを見直して基礎を積み上げていくことから始め、その中でテクニカルな思考や知見・経験を掴んでいくことを見据えました。
コミュニケーション力
業務はリモートワークが前提で、社内外のステークホルダーとのやり取りは ほぼすべてテキストで非同期に進行します。
そこで私は、
- 結論を 1 行で示す
- 背景と根拠を 3 行以内で補足
- 次のアクションを箇条書き
という簡潔テンプレートを徹底し、専門用語は日常語へ言い換えるルールを設定しました。
会議を設定する際も「目的・論点・タイムテーブル」を共有し、進行シートで残り時間を常に可視化するように努めました。
こうした運用や自身のコミュニケーションにおける意識を徹底する中で、法務が回答すべき問い合わせの92%を3営業日以内に返す目標を安定して達成することにつながりました。
優先順位付けや回答の深度についても、案件の内容に応じて最適な形にすることができ即時回答も増えました。
このようにして、従前の案件対応率の80%台から大きく改善しました。
同時に、相談件数は導入前の約 2 倍に増加し、多様な法務案件が迷わず集まる回路が形成されています。
プレゼンテーション力
法務の提案価値は「何をどう伝えるか」で半分が決まると痛感しました。
スライドを作る前に、必ず①今回のゴールと判断者、②達成したい状態、③採るべき選択肢――の3点を一行ずつ書き出し、ストーリーラインを設計しました。
論点は、大見出し→サブ論点→根拠データの順で階段状に並べ、各段を矢印でつなぐ“一本道”の構造にしています。
ビジュアルは色と余白を最小限に抑え、主要数字だけを大型フォントで配置。
「見て3秒で概要、30 秒で全体像、3分で核心」が伝わる尺感を意識しました。
また、外部との説明や提案資料では時間配分と論点の主導権を握ることで、交渉が論点外へ逸れるリスクを下げることができました。
こうした“意図→構造→表現”の三段設計を徹底した結果、着実に法務として得るべき成果の獲得につながっていると実感しています。
ゴール設定と逆算思考の徹底
法務が真に価値を発揮するためには、まず“何を達成すべきか”を精緻に定義し、そのゴールから最短距離となるプロセスを逆算設計する視点が欠かせません。
私は新しい案件を受け取ると
- 事業側の期待成果と期限
- 関係部署が許容できるリスク幅
- 社会的・規制的な制約条件
を確認し、その上で作業手順をブロック図に落とし込みました。
各ブロックには優先度と想定工数を付与し、緊急度よりも重要度を基準にリソースを割り当てることで、過度に「今すぐ対応」に引きずられない体制を構築しました。
これにより、レビュー件数が急増してもボトルネックが可視化され、業務フローを都度再編できる柔軟性が生まれました。
さらに、法務として“客観的に正しい答え”を提示するだけでは不十分だと痛感しました。
そこで必ず「推奨すべきアクション」と「採用すべきリスク判断の物差し」を併せて示し、選択肢ごとのメリット・デメリットを経営層と議論する形を意識しました。
意見表明を起点に意思決定が前へ転がるため、結果として対応リードタイムが短縮し、優先順位の再整理も迅速に行えるようになりました。
この逆算思考と優先度設計が浸透したことで、法務フロー全体の手戻り率は減少し、限られた人員でも、戦略案件と日常案件をバランス良く回す土台を築くことができたのです。
法務課題への取り組み方の変化
こうした基礎的な部分を改善していく中で、法務課題への取り組み方も変化していきました。
全体最適
法務課題をただ列挙するのではなく、「いま事業はどの成長段階にあり、次の資金調達や機能拡張に向け何を優先すべきか」という戦略地図の上に一つひとつを配置し直すことにフォーカスしながら業務を進めるようになりました。
たとえば、経営層・部門責任者との対話を重ね、半期ごとの経営計画やビジョンの内容を把握しつつ、ロードマップと主要KPIを可視化する。
その上で、各法務論点を“収益加速”“安全維持”“信頼拡張”などの軸で整理し、経営層が重視しているポイントに優先順位をつけて投下すべきリソースと検討の深さを整理。そして、個々の案件でも法的な正否だけでなく「サービスが提供する価値」を起点に、必要かつ十分な落としどころを提案する姿勢に転換するようにしました。
結果として事業サイドの施策は滞らず、同時にリスクの可視化が進んだことで経営判断の質が向上し、法務チームへの満足度は社内アンケートで前年比2割以上高まるなど、俯瞰設計の効果を実感しています。
「やらないこと」の洗い出し
少人数の法務体制で成果を最大化するため、様々な案件やタスクを①緊急かつ重要、②緊急ではないが中長期的に重要、③緊急ではないが短期的に重要、④緊急だが重要ではない――の4象限に分類しました。
事故初動や行政対応は①、戦略的なガイドライン整備やデータ分析は②、日常レビューは③、定型報告で自動化可能なものは④と定義するなど、具体的な言語化をしながら取り組みました。
特に②は将来のリスクと成長を左右する“種まき領域”ですが、緊急度が低いため放置されがちです。
そこで、②に必要な工数を予め見定め、そこから逆算して法務の中長期的なプロジェクトや優先順位付けを行うようにしました。
そして、経営層とも1on1をしながら、「何を今やり、何を将来へ投資するか」を対話で擦り合わせることで認識のズレを解消し、レビュー件数を維持したまま中長期課題の着手率を30%→60%に引き上げるという結果に。
優先順位を厳密に定立し、経営と同じ地図を見ながらリソースを再配分する――これが少人数組織で②の課題に時間を確保する鍵となりました。
法務的な解に囚われすぎないこと
法律の教科書的な“正解”は、しばしばビジネスの現実と衝突します。
私が重視したのは、まず案件ごとに「達成すべき目的」「万一失敗した場合の影響」「社会的な視線」の三点を言語化し、そこから逆算して最小限かつ最適なリーガル担保を設計することです。
たとえば、ユーザー登録プロセスでは、本人確認をどのタイミングでどの深度まで完了させるかが典型的な論点になります。
理論上は登録前完結が安全ですが、実務では入力途中での離脱増加やサポート負荷増大を招くリスクがあります。
そこで私たちは「ユーザーがサービスを利用しながら段階的に確認を深める」方式を提示し、各フェーズで必要最低限の要件と追加情報取得の条件を整理したのです。
こうした段階設計により、利便性を損なわずに確認精度を高めることにつながりました。
重要なのは、条文を機械的に当てはめるのではなく、ユーザー体験・事業成長・社会的信頼”の三者バランスを俯瞰して落としどころをデザインする姿勢であることを学びました。
そして、法務が示すべきアウトプットは、単なるリスクの列挙ではなく「安全を確保しながら事業が前に進む最短ルート」の提案である――これが少人数のベンチャー法務の現場で体得した最大の学びです。
チームづくりと育成の実践:自走する法務組織を目指して
さらに、よりマネージャーとしての実践にも取り組んでいきます。
今回は、少し逆説的ですが、以下に「人」に頼らずに「仕組み」にしていくかという工夫にフォーカスしてお話していきます。
法務オペレーションの整備と属人化の脱却
少人数体制では、一人が抜けた瞬間に業務が止まるリスクを常に抱えています。
そのため私たちは 「人ではなく仕組みが仕事を記憶する」 という発想でプロセスを再構築しました。
契約審査・本人確認・事故報告といった主要の業務フローを、自動化ステップに置き換え、担当者は例外処理と判断が必要な箇所のみ関与する設計にしています。
また、個々の法務案件における作業手順やチェックリストは一元的なナレッジベースに格納し、検索ワードで即座に呼び出せる状態を維持しています。稼働状況や履歴は自動で時系列に整理されるため、担当者が不在でも翌日から他メンバーが同じ基準で業務を引き継ぐことができます。
こうした“人に依存しない標準化”を先に作ることで、将来的な人材流動があっても組織機能が揺らがない体制を確保できるように工夫しています。
「ルールをつくる人」から「ルールを回す組織」へ
法務チームの“仕組み化”は単なる自動化やマニュアル作成に留まりません。
ここで重視したのは、チームメンバーそれぞれの専門性を可視化し、案件フェーズごとに“誰がハンドルを握るべきか”を明確にする運転ルールを策定したことです。
具体的な私の対応は、まず案件を「構想」「設計」「実装」「評価」の4フェーズに区分します。
そして、構想フェーズでは大枠となるフレームを提示して、設計及び実装フェーズを案件の内容に応じてメンバーの専門に着目しつつ振り分け、最終的に評価のフェーズでレビューをしつつ相互に意見を交換・集約した上で意思決定するサイクルを設定しました。
これにより「誰が次に手を取るか」に迷う時間がゼロになり、案件滞留が可視化された瞬間にボトルネックが浮き彫りになります。
また、月次で案件ポートフォリオを棚卸しし、“安全維持”“収益加速”“信頼拡張”のいずれに寄与しているか色分けして部門責任者や、必要に応じて経営層とも共有しつつ戦略的に偏りが出ていないかをチーム全員が確認できる仕組みも導入しました。
こうした役割ドリブンの運用設計により、個人が抜けてもフェーズ対応が途切れず、組織の再現性と学習速度が大きく向上しました。
副業としての弁護士業務から得られた視座の拡張
私は、さらに副業としての弁護士業務の中で蓄えた経験や知見が、社内弁護士としての法務にも活かされていることを実感しています。
所属事務所での業務:訴訟、交渉、個人相談など
週一で戻る所属事務所では、個人受任の企業法務案件を中心に扱っています。
紛争分野では、システム開発遅延を巡る請負代金請求訴訟、残業代・労働時間管理を争点とする労務訴訟、不動産の契約解除に伴う明渡訴訟など、企業側代理人として多様な訴訟手続きを経験。
非訴訟領域では、契約ガバナンス体制の構築支援や各種規制対応、M&A 戦略と契約条件の助言、法務デューデリジェンス、ストックオプション設計、トラブルシューティングを兼ねた内部統制の構築アドバイス、さらに商標・著作権ライセンスを含む知財戦略立案まで幅広く携わっています。
こうした実務は、スタートアップ本業で要求されるスピード感に訴訟の証拠構造化や交渉戦略の視点を持ち込み、一方で副業で得たプロダクト思想やデータドリブンな企画感覚を企業クライアント向けアドバイスに反映させる相互循環を生み出しています。
経験知が互いに補完し合う関係性こそが、両現場のアウトプットを立体的に底上げする要となっています。
本業と副業のバランスと相乗効果
カレンダーは本業・副業・私生活の3色に分け、週4日はメインのベンチャー法務、週1日と主に平日の早朝と深夜や休日のスキマ時間、残りで家族時間と学習を確保するリズムを固定しました。
副業で磨いた訴訟の論点整理や証拠構造化の技術は、本業の事故報告書やリスク説明資料に直結し、逆にスタートアップで培ったスピード感やプロダクト視点は、事務所業務の契約ドラフトやクライアントレターを簡潔にする助けになります。
時間的負荷は高いものの、双方で得た知見が行き来することでドキュメント品質が底上げされ、結果的に残業時間を増やさず成果物の質を高める好循環を作り出せました。
経験の相互還元
事務所にはベンチャー企業特有のCtoC契約条項やプラットフォーム規制の動向を定期的に共有し、逆に訴訟現場で得た最新判例や和解傾向を案件に応じて社内ナレッジに反映する二方向の知識循環を仕組み化しました。
こうした相互還元により、本業では規約改定サイクルが従来より25%短縮し、副業ではスタートアップ事情を踏まえた迅速な訴訟戦略を提示できるようになりました。
片方だけでは得られない立体的な視座が、両現場の競争力を底上げしています。
3年を経て見えたベンチャー法務のリアルと可能性
最後に、3年の出向期間の中でベンチャー法務に深く根ざし、見たり感じたベンチャー法務のリアルと可能性についてお話します。
ベンチャー法務の「やりがい」と「きつさ」
ベンチャー法務の醍醐味は、経営層との距離が極端に近いことです。
取締役会で飛び交う資本政策や市場戦略の議論に同席し、ときには文案そのものを書き換える立場になることで、法務でありながら経営の視座・数字感覚・ビジネスマインドが強制的に鍛えられます。
同時に、自分が提案した一文が翌週にはプロダクト仕様やユーザー体験に反映され、社会に新しい価値を投げ込む瞬間に立ち会える即効性も大きな魅力です。
その一方で、保育事故の芽を潰すため深夜まで泥臭い調査と調整を重ね、SNS 炎上の火種を拾い集める日常も避けられません。
光が当たる創造フェーズと影で支える雑務フェーズを行き来する振れ幅の大きさこそが、“やりがい”と“辛さ”を表裏一体で生み出すベンチャー法務のリアルだと感じています。
カオスな環境と課題の山積
大小さまざまなタスクが短距離走とマラソンを並行させるように押し寄せる現場は、まさに“クエストが途切れないRPG”さながらです。
新規機能リリースに伴う即日対応もあれば、半年越しの規制ロードマップ策定も並走し、交渉相手は保育士・エンジニア・自治体・投資家と多層にわたります。
優先順位を読み違えれば一行の抜け漏れが炎上に直結しますが、最適な順序でパズルを組めば事業はレベルアップする。
このカオスを主導的にさばく過程こそが、法務に戦略思考と交渉筋力を同時に鍛えさせる最大の舞台装置であり、同時に“次のクエストが楽しみで仕方ない”という高揚感をもたらすのです。
影響力の大きさ
ガイドラインの文言を一行修正するだけで、数万の家庭がサービスを安心して利用できるかどうかが揺らぐ――そんな社会的インパクトを年次に関係なく体感できるのがベンチャー法務の醍醐味です。
自治体の担当者が説明資料のニュアンスで導入判断を変え、マスメディアが取り上げる際のイメージも法務が選ぶ言葉一つで左右される。
つまり、私たちの提案は投資家向けの数字だけでなく、保護者やシッター、行政、メディアといった多様なステークホルダーの信頼を一点に集中させるレンズになります。
サービスの安全基準やデータ取り扱いポリシーを社会に“どう届けるか”をデザインできる立場は、若手にとっても計り知れない成長と責任を伴うチャンスだと実感しています。
まとめ
弁護士登録から十日でスタートアップに飛び込み、三年で法務課長としてチームと事業を牽引した経験は、“リスクと成長の臨界点”で学ぶ貴重な教材でした。
全体的な学びのまとめは前の章で述べたとおりですが、1つ加えるとすれば、法務の仕事は、リスクを恐れて事業を止めることではなく、リスクを見極めた上で最速の成長ルートを示すことであると実感しています。
規制が厳しい領域でも、仕組み化と多視点の連携で安全とスピードを両立できる――この実感を武器に、今後もリーガルの力で社会的インパクトを加速させたいと考えています。