弁護士としてキャリア形成を目指すなら、日々の業務経験を通して専門性を深めると同時に、他の弁護士と差別化できるスキル・資格を積極的に活用することが強く推奨されます。
特に、弁護士資格は法律関係の最上位の国家資格です。司法試験に合格したという実績があるだけで、他のさまざまな資格を使ってキャリアの幅を広げることができます。
本記事では、弁護士が社会保険労務士(社労士)のダブルライセンスを取得するメリット、社会保険労務士登録(社労士登録)する方法などについて分かりやすく解説します。
目次
弁護士と社労士の違い
まずは、弁護士と社会保険労務士(社労士)の違いについて解説します。
役割
弁護士は、法律関係の最高峰のプロフェッショナルです。民事事件・刑事事件・行政事件・労働問題など、法律紛争や法的課題を抱えている依頼人・クライアントに対して高度なリーガルサービスを提供することを職責としています。(弁護士職務基本規程第21条)
一方、社会保険労務士(社労士)は、企業成長に不可欠の「お金・モノ・人材」という資源のうち、特に「人材に関する専門家」です。社会保険労務士(社労士)は、労働及び社会保険に関する法令・諸制度の円滑な実施に寄与するとともに、事業の健全な発達と労働者などの福祉の向上に資することを目的として、以下のようなさまざまなサービスを提供しています。(社会保険労務士法第1条)
労働社会保険手続業務 | ・労働社会保険の適用、年度更新、算定基礎届 ・各種助成金などの申請 ・労働者名簿、賃金台帳の調整 ・就業規則や36協定の作成、変更 |
---|---|
労務管理の相談指導業務 | ・雇用管理、人材育成などに関する相談 ・人事、賃金、労働時間の相談 ・経営労務監査 |
年金相談業務 | ・年金の加入期間や受給資格などの確認 ・鑑定請求書の作成、提出 |
紛争解決手続代理業務 | ・個別労働関係紛争解決をサポートするADR代理業務 ・斡旋申立てに関する相談や手続き ・代理人として意見陳述、和解交渉、和解契約の締結 |
補佐人の業務 | 労働社会保険に関する行政訴訟や個別労働関係紛争に関する民事訴訟において、補佐人として意見を陳述する |
以上を踏まえると、労働や社会保険に関する領域に関しては、どちらにも一部役割が重複するところもありますが、社会保険労務士(社労士)は労働及び社会保険関係に特化した職業であるのに対して、弁護士は全ての法律問題に対応できるという違いがあるといえるでしょう。
業務の範囲
業務内容に関する弁護士と社会保険労務士(社労士)の違いは以下のようにまとめることができます。
弁護士 | 社会保険労務士(社労士) |
||
---|---|---|---|
個別労使紛争 |
示談交渉における代理/その交渉のための相談 | 〇 | △ |
民間紛争解決手続における代理/その活動のための相談 | 〇 | △ | |
労働審判手続における/その活動のための相談 | 〇 | ✕ | |
訴訟手続における代理/その活動のための相談 | 〇 | ✕ | |
集団的労使紛争 |
団体交渉における代理/その交渉のための相談 | 〇 | ✕ |
労働関係調整法上の紛争調整手続における代理/その活動のための相談 | 〇 | ✕ | |
不当労働行為救済申立手続における代理/その活動のための相談 | 〇 | ✕ | |
取消訴訟手続における代理/その活動のための相談 | 〇 | ✕ |
まず、弁護士の業務内容として、以下の事項が掲げられています
- 訴訟事件に関する行為
- 非訟事件に関する行為
- 審査請求・再調査の請求・再審査請求など行政庁に対する不服申し立て事件に関する行為
- 弁理士の事務
- 税理士の事務
- その他、一般の法律事務
参考:弁護士法第3条
ここから分かるように、弁護士資格は法律関係の最上位の国家資格なので、対応できる業務内容に一切制限はありません。
次に、社会保険労務士(社労士)の業務範囲は、以下のとおりです。
ここに示すとおり、社会保険労務士(社労士)の業務内容は「書類作成業務」「提出手続代行業務」「コンサルティング業務」の3種類に大別できます。
- 労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成
- 労働社会保険諸法令に基づく申請書等の提出手続き代行
- 労働社会保険諸法令に基づく申請等の事務代理
- 労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類の作成
- 事業における労務管理その他の労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項についての相談または指導
- 事業における労務管理その他の労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について、裁判所において、補佐人として、弁護士である訴訟代理人とともに出頭し、陳述すること
- 個別労働関係紛争解決促進法による斡旋手続き、障害者雇用促進法・男女雇用機会均等法などの調停手続きについての代理
- 都道府県労働委員会がおこなう個別労働関係紛争に関する斡旋手続きの代理
- 個別労働関係紛争であって、厚生労働大臣が指定するものがおこなうものに関する民間紛争解決手続きについての代理
参考:社会保険労務士法第2条
7、8、9の紛争手続き代理業務には、民事紛争解決手続きについての相談・和解交渉・和解における合意を内容とする契約の締結も含まれます。
また、7、8、9は、特別研修を経て紛争解決代理業務試験に合格し、かつ、その旨が社労士会連合会の登録に付記されている「特定社労士」のみが対応可能です。
以上を踏まえると、社会保険労務士(社労士)は労働社会保険関係に特化したプロフェッショナルといえます。
弁護士資格を持っていれば社労士登録ができる
社会保険労務士(社労士)として仕事をするには、社労士登録が必要です。
そして、原則として、国家試験である社会保険労務士(社労士)に合格したうえで、所定の実務期間を経なければ、社労士登録はできないのが決まりです。(社会保険労務士法第3条第1項)
ただし、弁護士になる資格を有する者は、例外的に社会保険労務士(社労士)となる資格を有します。(社会保険労務士法第3条第2項)つまり、すでに弁護士として働いている人だけではなく、実際に弁護士登録をしていない司法修習生段階でも社会保険労務士に登録できるということです。
なお、「『弁護士にはできず、社会保険労務士(社労士)にしかできない仕事』というものは存在しないので、わざわざ弁護士が社会保険労務士(社労士)の登録をする実益は少ないのではないか」と考える方も少なくはありません。
確かに、弁護士登録をしている以上、法律関係業務に制限はないので、社会保険労務士(社労士)の登録によって対応できる業務の範囲が広がるわけではありません。
ただ、社会保険労務士(社労士)は、世間から「労働問題のプロフェッショナル」という印象が強い職業です。弁護士と社会保険労務士(社労士)の2つの看板を掲げて仕事をすれば、「特に労働社会保険関係の専門性が高い法律家」というブランディングに成功して、キャリアの幅が広がる可能性があります。
弁護士が社労士登録する方法
弁護士が社会保険労務士(社労士)登録する流れについて解説します。
登録申請の流れ
社会保険労務士(社労士)の肩書で仕事をするには、全国社会保険労務士会連合会の「社労士名簿」への登録が必要です(社会保険労務士法第14条の2第1項)。社労士名簿へは、氏名、生年月日、住所、その他社会保険労務士法施行規則第10条で定められた事項を登録しなければいけません。
そして、社会保険労務士が登録を終えると、都道府県の社会保険労務士会の会員としての身分を取得します。入会する社会保険労務士会は、開業する事務所・勤務先の事業所の所在地・居住地の住所の区域に設立されている都道府県の社会保険労務士会です(社会保険労務士法第25条の29第1項)。社会保険労務士会の連絡先は「社労士会リスト(全国社会保険労務士連合会HP)」から確認してください。
なお、社労士登録をするには、社会保険労務士試験への合格に加えて、2年以上の労働社会保険諸法令に関する実務経験、もしくは、全国社会保険労務士会連合会が実施する事務指定講習の修了が必要です(社会保険労務士法施行規則第1条の11)。
社会保険労務士の登録手続きをステップで表すと以下のとおりです。
- 申請者が入会予定の社会保険労務士会へ登録申請書類を提出する
- 都道府県社会保険労務士会が申請書類を受け付けて審査する
- 全国社会保険労務士会連合会が審査をおこない、社会保険労務士名簿及び証票を作成する
- 登録完了後2週間~3週間程度で申請者に証票が発行される
原則として、毎月25日までに社会保険労務士会で受理された場合、翌月1日付での登録と扱われます。ただし、社会保険労務士会によっては15日付登録をおこなう場合があるので、詳細については入会予定の社会保険労務士会まで問い合わせてください。
また、全国社会保険労務士連合会では直接登録業務を受け付けていません。
社労士登録に必要な書類
社会保険労務士登録に必要な書類は、以下のとおりです。
- 社会保険労務士登録申請書(様式第1号)
- 社会保険労務士試験合格証書の写し
- 従事期間証明書(様式第8号)または事務指定講習修了証の写し
- 住民票の写し(提出日の前3か月以内に市区町村から交付されたマイナンバー記載のないもの、コピー不可)
- 写真票(縦3cm、横2.4cm、背景無地、無帽、正面向の鮮明な写真、背面に氏名記入)
- 合格証書または事務指定講習修了証の氏名と住民票の氏名が異なる場合、通称併記を希望する場合には、戸籍抄本・個人事項証明書・改製原戸籍・住民票の写しのいずれかひとつ
- 通称併記願(通称名使用を希望する場合)
入会予定の都道府県の社会保険労務士会によっては、さらに別の書類提出を求められる場合があるので、事前に該当の社会保険労務士会へ確認してください。
また、社会保険労務士試験合格者には、合格発表日後1週間程度で、全国社会保険労務士会連合会から登録申請書等関係書類一式が郵送されますが、弁護士が社会保険労務士(社労士)登録をする場合には、自分で登録関係書類を入手する必要があります。
社労士の登録費用
社会保険労務士(社労士)登録に要する費用は、以下のとおりです。
- 登録免許税30,000円
- 手数料30,000円
- 社会保険労務士会への入会金、年会費
入会金、年会費の金額・納付方法は、社会保険労務士会ごとに異なります。事前に入会予定の社会保険労務士会まで問い合わせてください。
弁護士が社労士登録するメリット
社労士登録をしなくても全ての法律業務に対応できる弁護士が、わざわざ社会保険労務士に登録することにメリットはあるのでしょうか。
ここでは、弁護士が社労士登録をするメリットを2点紹介します。
他の弁護士と差別化できる
旧司法試験時代とは異なり、現在では毎年約1,600人の司法試験合格者が出ています。
つまり、弁護士資格を取得しているだけで高い年収が確約された時代は終わり、弁護士として高年収を得てキャリアアップを実現するには、他の弁護士と差別化できる付加価値を備える必要があるということです。
たとえば、今回紹介したように、弁護士資格と社労士資格のダブルライセンスを武器にすれば、人材労務関係の市場を開拓して他の弁護士よりも優位に立ちやすくなるでしょう。また、弁護士資格と税理士資格、弁護士資格と公認会計士資格、弁護士資格と医師など、どのようなライセンスの組み合わせでも、弁護士としてのキャリアの武器になるはずです。
ですから、人材労務関係の方面で専門性を深めて顧客獲得を目指すなら、弁護士資格だけの状態で社労士関係の業務に手を出すのではなく、社労士登録を済ませてダブルライセンスを看板に掲げた方が効果的でしょう。
転職時の選択幅が広がる
弁護士が社労士登録をすれば、転職時のキャリア選択肢が急増します。
たとえば、労使紛争などをメインに扱っている法律事務所の求人では、労働関係法令などの知識が豊富で即戦力になる人材の方が採用確率が高まります。
また、社労士関係のスキルを有する弁護士の方がインハウスローヤー(企業内弁護士)案件を出している企業からの印象も良いはずです。
弁護士業界の競争が激化している以上、転職時には「自分だけの武器」を積極的に活用しなければ希望通りのキャリアは形成できません。社労士資格を付加価値として備えることで、幅広い求人選択肢から自分のニーズに適した転職先を見つけやすくなるでしょう。
社労士の将来性
どのような職業も時代の変化の影響を受けるものです。では、社会保険労務士資格の将来性はどうなのでしょうか。
AIで社労士の仕事が無くなることはない
まず、近年急速に進行しているIT化・DX化の影響で、多くの職業・仕事がAIに代替されると予想されています。
そして、社会保険労務士の業務のうち、「書類作成業務」「提出手続代行業務」はAIに代替される可能性が高いです。
そのため、弁護士資格保有者が社労士資格を活かして保険手続関係業務などの業務中心にキャリアを積みたいと考えている場合には、時代の流れに淘汰されて、ダブルライセンスをうまく活用できないリスクがあります。
その一方で、社会保険労務士の業務のひとつである「コンサルティング業務」は、AIでは対応できないクリエイティブな能力が要求される分野です。そのため、どれだけAI化が進んだとしても、労務管理関係をターゲットにしたコンサルティング業務に注力していれば、社会保険労務士の仕事はなくならないと考えられます。
そして、単なる社会保険労務士と、弁護士資格と社労士資格をセットで活用している専門家なら、後者の方がコンサルティング業務の依頼を受けることができるでしょう。
人事労務制度の対応で需要が高まる
近年、以下のように、労働関係法制は度重なる法改正・新法制定が実施されています。
- 労働基準法の改正によって時間外労働の上限規制内容が変更された
- 労働基準法施行規則の改正によって、労働条件の明示範囲・裁量労働制関係の手続きなどが変更された
- フリーランス保護法が施行予定(2024年7月現在)
- 2024年10月から健康保険・厚生年金保険の適用範囲が拡大される
働き方改革やワークライフバランス重視の風潮の影響で、人事労務制度は今後もさらなる法改正が予想されます。そして、企業や労働者は常にこのような変化への対応を強いられ続けます。そのため、弁護士兼社会保険労務士に対するニーズはより一層高まるといえるでしょう。
まとめ
弁護士資格をもっていて「企業内弁護士として転身したい」「ほかの弁護士と差別化を図りたい」「キャリアの選択肢を広げたい」などの希望を抱いているのなら、社労士登録するのがおすすめです。さまざまなキャリア選択肢が提示されると同時に、人事労務関係の専門性を深めることができるからです。