自社の法務機能を強化するために、企業内弁護士(インハウスローヤー)の採用を検討している企業は少なくないでしょう。近年、企業内弁護士を採用する企業は増加しており、多くの企業が弁護士の採用に積極的です。
とはいえ、これまで法務部員や顧問弁護士で対応してきた企業の場合、企業内弁護士を採用する意味があるのかと考えることがあるかもしれません。企業が弁護士を自社の社員として採用するメリットはあるのでしょうか?
この記事では企業内弁護士の採用を検討中の企業に向けて、企業内弁護士を採用するメリットや採用活動のポイント、採用時の注意点などを解説します。
目次
企業内弁護士(インハウスローヤー)の採用状況
まずは、企業内弁護士の採用状況を見てみましょう。
企業内弁護士を採用する企業は増加傾向にある
近年、企業内弁護士を採用する企業が増加傾向にあります。
日本組織内弁護士協会の調査によると、2001年の企業内弁護士(インハウスローヤー)採用企業数は39社でしたが、2023年には1429社にまで増えています。企業内弁護士の数も、2001年で66人だったのが2023年には3,184人になりました。
この20年あまりの間で、企業内弁護士の採用は急速に拡大しているといえます。
※参考:企業内弁護士を多く抱える企業上位20社(2001年~2023年)|日本組織内弁護士協会
※参考:企業内弁護士数の推移(2001年~2023年)|日本組織内弁護士協会
企業内弁護士の需要が高まっている背景
企業内弁護士(インハウスローヤー)の需要が高まっている背景には、ビジネスのグローバル化にともなう法律リスクの増加、コンプライアンスやガバナンスの重要性の高まりといった点が挙げられます。
これらの背景から、企業は自社のビジネスに関して法的なアドバイスやサポートが必要と感じており、その役割を担う企業内弁護士のニーズが高まっています。
また顧問弁護士など外部への依存度を下げてコストを削減したい、事業戦略や経営判断に法的観点から参画してほしいといった理由もあるでしょう。
企業内弁護士(インハウスローヤー)を採用する5つのメリット
企業内弁護士を採用する企業が増えているのは、多くのメリットが得られるからです。
具体的にどんなメリットがあるのでしょうか?以下で解説します。
法的リスクの予防と対応の迅速化
企業内弁護士(インハウスローヤー)は企業の事業活動に関する法律問題に精通しており、契約書の作成やチェック、紛争の解決などに積極的に関与できます。これにより法的リスクを事前に把握し、予防策を講じることができます。
たとえば、企業内弁護士が契約書で紛争発生時の解決方法や責任範囲などを明確に定めることで、トラブルを未然に防ぐことができます。
また万が一法的トラブルが発生した場合も、企業内弁護士がいれば迅速かつ適切に対応することができます。外部に依頼すると、対応まで時間が空いてしまいます。
コストの削減
コストの削減につながることもメリットです。
企業内弁護士(インハウスローヤー)は、企業の一員として毎月一定額の給与を受け取ります。顧問弁護士など外部に依頼をするときは、都度費用が発生します。頻繁に弁護士への依頼が発生している企業の場合は、企業内弁護士を採用したほうがコストの安定・削減につながります。
また企業内弁護士は顧問弁護士など委任先の選定や管理も行うことができるため、利用効率も高めることが可能です。たとえば委任先の専門分野や実績をもとに適切な人物を選び、依頼内容や報酬額を相場どおりに設定することで、無駄なコストを削減できるでしょう。
経営戦略の立案と実行のサポート
企業内弁護士(インハウスローヤー)は、企業の経営戦略に合わせて法律的な観点からアドバイスや提案を行うことができます。
たとえば新規事業の立ち上げに関しては、特許や商標などの知的財産権の保護やライセンス契約の締結などを行うことで、競争優位性を確保することができます。
社内教育の充実とコンプライアンスの向上
企業内弁護士(インハウスローヤー)は、社員や役員に対して法律知識やコンプライアンス意識を高めるための教育をおこなうことができます。これにより、社員や役員が法令遵守や倫理規範を意識した行動を取るようになり、企業全体のコンプライアンスレベルを向上させられるでしょう。
また企業内弁護士を活用してコンプライアンス違反が発生した場合の報告や相談の窓口を設けることで、早期発見や防止に努めることができます。
顧問弁護士との連携の円滑化
顧問弁護士とのコミュニケーションや調整がスムーズになることも、企業内弁護士(インハウスローヤー)を採用するメリットです。
企業内弁護士は企業の内情やビジネス観点でのニーズを理解しており、顧問弁護士に対して適切な指示や要望を伝えることができます。また、顧問弁護士から提供された情報や意見を評価し、経営層や関係部署にフィードバックすることも可能です。
企業内弁護士(インハウスローヤー)と法務部員・顧問弁護士の違い
法律の知識があるという点では、法務部員にも一定の法律知識があります。また同じ弁護士という点では、顧問弁護士を活用する方法も選択できます。
では企業内弁護士を採用することは、法務部員の採用や顧問弁護士の活用とどのような違いがあるのでしょうか?
訴訟業務の対応可否
企業内弁護士(インハウスローヤー)は弁護士資格をもっているため、自ら訴訟業務をおこなうことができます。これは、弁護士資格をもたない法務部員にはできないことです。無資格の法務部員のみ採用した場合は訴訟業務を外部に委託する必要があるため、その都度弁護士費用を支払うことになります。
また顧問弁護士に訴訟業務を依頼する場合でも、企業内弁護士がいることで顧問弁護士と速やかに連携し、訴訟の準備や戦略の検討を進めることができます。スピード感をもって対応を進めることで、訴訟を有利に展開できる可能性があります。
社内外からの信頼度
弁護士は独立性や公正性を保持することが求められる職業であり、高い法令遵守意識と高度な法律知識をもっています。そのため社会的な信頼度が高い弁護士が社内にいるということは、社内外からの信頼性を高めることにつながります。
とくに取引先や金融機関など外部関係者からの信頼を得ることで、ビジネスによい影響を与えられるでしょう。また海外では企業内弁護士が当たり前の国も多いので、そうした国と取引をする際に不信感を抱かれないという利点もあります。
コストの大きさ
企業内弁護士(インハウスローヤー)を採用する場合は人件費や福利厚生費などが発生しますが、固定費なので残業代などを除けば毎月一定の支出で済みます。
一方、顧問弁護士と契約すると毎月の顧問料が発生します。また顧問料の範囲で対応できるのは契約書のチェックや法律相談などの基本的な項目のみで、紛争や訴訟などの対応には別途弁護士費用が必要です。法務のニーズが少ない企業であれば数万円の顧問料のみですが、頻繁に紛争や訴訟が発生する場合には弁護士費用がかさみます。
結論、紛争や訴訟が頻繁に発生するような法務のニーズが高い企業では、顧問弁護士に依頼するよりも企業内弁護士(インハウスローヤー)を採用したほうがコストを抑えられるでしょう。
事業への理解度と対応スピード
企業内弁護士は企業の事業内容や経営方針に精通しており、迅速かつ的確に法的アドバイスや対応策を提供できます。また社内の他部署との連携もスムーズに行えるため、事業の法的課題を効率的に解決できます。
一方で顧問弁護士はあくまでも外部組織のため、事業内容や経営方針を網羅できません。トラブルが発生しても情報収集や打ち合わせが必要なため、対応スピードや精度が劣る可能性があります。普段社内にいないことから社員との連携が十分にできず、課題解決に時間や手間がかかる可能性もあるでしょう。
企業内弁護士(インハウスローヤー)採用のポイント
ここからは、企業内弁護士の採用活動を効果的に進めるためのポイントや確認しておきたい点を解説します。
企業内弁護士に期待する役割を明確にしておく
企業内弁護士(インハウスローヤー)にどんな役割を担ってほしいのかは、企業ごとに異なります。たとえば法的トラブルの予防に力を入れたい、法的なリスクを回避するだけでなくビジネスの推進や戦略の立案にも貢献してほしいなどがあります。
採用活動においては、候補者に対してこれらの期待を伝えることが大切です。そうすることで候補者は自らが果たすべき役割を理解したうえで選考に進むことができ、入社後のミスマッチを回避できます。
候補者に役割を理解してもらうためには、まず企業側が企業内弁護士(インハウスローヤー)に期待することを明確にしておく必要があります。
実務経験の内容を確認する
企業内弁護士(インハウスローヤー)に即戦力になるを期待する場合には、法律知識があるだけでなく、実務経験が必要です。
自社の業務内容とマッチする実務経験があるのかを判断するために、候補者が過去にどのような案件や業務に携わってきたか、どのような成果や課題があったかを確認することが重要です。
面接の際には候補者に実務経験を具体的に説明してもらい、その経験が自社のビジネスや課題にどのように活かせるかを聞いてみましょう。
自社や業界に関する知識・興味があるかを確認する
自社のビジネスやサービス、業界に対して、知識や興味をもっているかどうかも重要です。
企業内弁護士(インハウスローヤー)には法律的な問題の解決だけでなく、ビジネス的な判断や戦略立案も求められるため、企業の事業内容や市場環境を理解している必要があります。
採用活動では、候補者が自社のビジネスやサービス、業界に関する情報をどの程度収集しているか、どのような見解や感想を持っているかを確認してみましょう。
企業文化にマッチする人材かを見極める
企業文化とのミスマッチは、早期離職の要因となりえます。そのため、自社の風土や価値観などとマッチする人物かを見極めることが大切です。
候補者が企業文化に対してどのような印象や期待を持っているかを聞いてみましょう。
また企業内弁護士(インハウスローヤー)は法務部門だけでなく、他の部門や外部関係者とも連携して業務をおこないます。そのためコミュニケーション能力や人柄、協調性なども重要な要素となります。
企業内弁護士(インハウスローヤー)採用における3つの注意点
企業内弁護士の採用では、以下の3つの点に注意する必要があります。
弁護士会費の負担有無
企業内弁護士(インハウスローヤー)が弁護士資格を保持するためには、弁護士としての登録と弁護士会への所属が必要です。登録と弁護士会への所属には、弁護士登録料と弁護士会費の支払いが必要です。
登録料や会費は弁護士本人が負担することもありますが、およそ8割は企業が負担しています。本人負担にした場合、待遇が悪いという理由で入社意欲が下がってしまう可能性があります。
企業が登録料・会費を負担するかどうかは、正式採用前に決定して候補者に伝えましょう。とくに弁護士会費は金額が大きいため、あいまいにしているとトラブルが発生する可能性があります。
個人受任や公益活動参加の可否
企業内弁護士(インハウスローヤー)は基本的には企業のために働きますが、個人事件を受任したり公益活動に参加する弁護士もいます。所属する弁護士会によっては、公益活動への参加を義務付けられている場合もあります。
個人受任や公益活動への参加は、企業の利益や時間管理に影響を与える可能性があります。そのため、採用時にはこれらの活動について事前に話し合っておくことが望ましいです。
具体的には、個人事件の受任や公益活動への参加の可否、許可する場合は時間や内容など条件も決定しておきましょう。
弁護士にも不得意なことはある
企業の体制や認識によっては、企業内弁護士(インハウスローヤー)が「何でも屋」になってしまう場合があります。誰でもできるような業務まで弁護士が対応してしまうと、本来の能力が十分に発揮できません。
とくに弁護士を初めて採用する際に、弁護士が社内の困りごとを何でも解決してくれると過度な期待をしてしまうことがあります。しかし、当然ながら弁護士にも不得意な分野や知らないことはあります。法律に関することでも、得意分野や専門的にやってきた分野があるはずです。
一般社員を採用するとき、「その人は何ができる人なのか」を見極めて、自社の業務内容とマッチしていた場合に採用するでしょう。弁護士も同じことで、「何ができる弁護士なのか」を把握したうえで、自社業務とマッチするかを判断することが大切です。
企業内弁護士(インハウスローヤー)の採用手法
企業内弁護士の主な採用手法を挙げながら、各手法のメリット・デメリットを解説します。
転職サイトに求人を掲載する
ひまわり求人求職ナビなど転職サイトに求人を掲載し、企業内弁護士の候補を募集する方法です。
転職サイトはインターネット環境があればだれでもアクセスできるため、多くの求職者にアピールできます。また応募者の履歴書や職務経歴書などの情報を事前に確認できるので、適性やスキルを判断しやすいです。
デメリットとしては、応募の間口が広い分、どんな応募者がくるのかが分からない点です。とくに条件が良い求人には応募者が殺到してしまい、選考に余計な時間がかかります。
自社の採用サイトで募集する
自社の公式サイトに採用ページを設ける、または採用サイトを個別に用意して、候補者を募集する方法です。
自社サイトで募集する場合、もともと企業に興味がある人や熱意がある人が応募してくれる可能性が高いでしょう。
デメリットとしては、自社サイトだけでは十分な露出が得られず、応募者数が少ない場合が多いということです。
自社のネットワークから紹介してもらう
自社の社員や取引先、顧問弁護士など自社のネットワークから紹介してもらう方法です。
信頼できる人からの紹介であれば候補者の質を担保できること、自社をよく知る人からの紹介であれば風土や方針にマッチする可能性が高いことがメリットです。事前に紹介者から応募者の性格や能力などの情報を得られるので、選考を進めやすいでしょう。
ただし弁護士を紹介できる人は限られているため、そもそも紹介をえられない可能性があります。また選考に落ちた場合、紹介先との関係に影響をおよぼす可能性があります。紹介先に遠慮をして採用基準を甘くしてしまうと、本来求めていた人材を採用できなくなります。
ダイレクトリクルーティングを活用する
ダイレクトリクルーティングとは、スカウトサイトや転職サイトを利用して、自社から積極的に候補者にアプローチすることです。
公開情報をもとにあらかじめ選定をおこなったうえでアプローチするため、理想どおりの優秀な人材を獲得できるというメリットがあります。また候補者に対して自社の魅力やビジョンを直接伝えることで、応募意欲を高めることができます。
デメリットは、採用担当者自ら求めている人材を探すため、採用活動に時間や労力がかかることです。またダイレクトリクルーティングを適切におこなうためには、専門的なスキルやノウハウが必要です。
転職エージェントを利用する
転職エージェントに弁護士を紹介してもらう方法です。
転職エージェントがもつ豊富な求職者データベースやネットワークを利用できるため、候補者の数と質の両方を担保できるでしょう。また、エージェントが応募者のフォローや面接の調整などを行ってくれるので、採用プロセスを効率化してスムーズに進めることができます。
とくに弁護士の人材紹介に特化した転職エージェントであれば、弁護士の登録者数が多く、企業内弁護士(インハウスローヤー)の業務内容や役割を理解したうえでマッチした人材を紹介してくれます。
デメリットは、紹介料や成功報酬などのコストがかかることです。転職エージェントは基本的に成果報酬型で、採用する人の年収をベースに金額が決まります。企業内弁護士は一般社員よりも高額な報酬を得ている人が多いので、エージェントへの報酬も高額になる可能性が高いでしょう。
企業内弁護士(インハウスローヤー)を活用するためのコツ
無事に企業内弁護士を採用したあと、自社に貢献してもらうためのコツを押さえておきましょう。
予防できることは事前に相談する
企業内弁護士(インハウスローヤー)は、法的問題に関する事後の対処だけではなく、事前の予防や対策でも力を発揮します。たとえば契約書のチェック、法改正や判例の情報提供などをおこなうことで、トラブルや紛争を防ぐことができます。
そのため法的な問題やリスクを予想できる場合は、事前に企業内弁護士に相談することが大切です。そうすることで法的トラブルの発生を未然に防ぐか、少なくとも被害を最小限に抑えることができます。
普段から交流して信頼関係を築く
企業内弁護士(インハウスローヤー)は企業の利益を守るために、ときには厳しい意見やアドバイスをすることがあるでしょう。しかし、それは企業内弁護士が企業に敵対しているわけではありません。企業の一員として、共通の目標に向かって協力しているだけです。
このことを理解するには、企業内弁護士との信頼関係を築くことが必要です。信頼関係が築ければ、より円滑なコミュニケーションができるようになりますし、より的確なアドバイスを受けることができます。
普段は企業内弁護士と接点がない社員もいることでしょう。通常業務や研修で企業内弁護士と接点をもち、普段からコミュニケーションをとることで、より信頼関係を築きやすくなります。リーガルリスクを検討しなければならない立場の人は、企業内弁護士と意識的にコミュニケーションをとるようにしましょう。
弁護士へのフィードバックも大切
企業内弁護士(インハウスローヤー)に活躍してもらうためには、法律に関する知識や経験があるだけでは十分ではなく、自社の事業内容や目標、組織文化や風土なども理解してもらわなければなりません。
そのため、企業内弁護士に対してフィードバックをすることが大切です。働きぶりに対して評価や感想を伝えるだけではなく、期待や要望も伝えるようにしましょう。
それにより企業内弁護士は自分の役割や責任を明確にし、より効果的なサービスを提供できるようになります。
まとめ
企業が弁護士を自社の社員として採用することで、訴訟業務への対応や法務コストの削減、社内外の信頼性確保といったメリットを享受できます。
採用する際には自社が期待する役割を明確にしたうえで、自社のビジネスへの興味や企業文化への合致度などを確認しましょう。