弁理士の転職先のうち、もっとも多いのが特許事務所です。ピーク時から弁理士試験受験者・合格者が減少したことにより弁理士は不足傾向にありますので、弁理士資格があり、年齢も40代前半までであれば意外にもあっさり内定をもらえるかもしれません。
しかし重要なのは転職した後です。選考をすんなりパスすることではなく、転職した後に納得しながら働き続けることこそが大切でしょう。つまり、どの特許事務所を選ぶのかを慎重に見極める必要があるわけですが、特許事務所選びに失敗して後悔するケースも少なくありません。
あるいは、そもそも特許事務所が合わない人もいるので、ご自身の適性についても把握しておきましょう。この記事では特許事務所へ転職して後悔するケースや特許事務所に合わない人の特徴、特許事務所への転職でチェックするべきポイントを解説します。
目次
特許事務所への転職で後悔した6つのケース
最初に、特許事務所へ転職して後悔する典型的なケースを紹介します。
長時間労働がきつかった
特許事務所は基本的にハードワークなので、長時間労働がきつかったと後悔するケースはよく見られます。
特許事務所の業務はクライアントワークなので自分のペースで業務を進めにくく、特許出願には期限もあるので、期限前の案件があると残業が続いてしまいます。休日出勤も珍しくありません。
またひとつの案件を最初から最後まで一人で担当することが多いので、忙しかったり体調が悪かったりしても誰かに代わってもらうことはなかなか難しい面があります。
業務量に対して年収が低かった
特許事務所で働く弁理士の平均年収は約700万円ですが、あくまでも平均であって個人・事務所によって異なるのは言うまでもありません。中には業務量に対して年収が低い、昇給や評価の基準があいまいで努力しても年収に反映されないケースもあります。
弁理士は責任が重く、ハードワークでもあるので、年収という分かりやすい評価がないとモチベーションが下がってしまうでしょう。
ノルマがきつくてついていけなかった
ノルマがきつくてついていけないとの理由で後悔するケースもあります。
特許事務所では明細書の品質に影響するからといってノルマ制を採用しない事務所もありますが、中には弁理士に厳しいノルマを課し、薄利多売で利益を上げようとする事務所もあります。
そのような事務所では必然的に激務になりますし、頑張ってもなかなか給与に反映されず精神的にもきつくなります。
経営が不安定だった
特許事務所はクライアントからの受注によって成り立っているので、受注件数の波が激しく、経営が不安定な事務所もあります。受注が少なければ弁理士自身の年収にも影響してしまうので後悔することになるでしょう。
教育体制が整備されていなかった
教育や指導を受けられず、転職後に困るケースも見受けられます。
もともと特許事務所は個人主義的なので後輩の面倒を丁寧に見ようという風潮はそれほどありません。特許事務所が初めてだと分かっていて採用されたのに、いざ入所してみたら何も教えてくれない特許事務所もあります。
特に特許事務所未経験の人は転職してから苦労するケースが少なくありません。
人間関係が悪かった
人間関係が悪くて後悔するのもよくあるケースです。所長との相性が悪かった、ベテランの事務員から嫌な対応をされるなど挙げれば切りがありません。
特に小規模の特許事務所の場合、所長やスタッフの人たちと相性がよければ居心地もよくなりますが、相性が悪いと逃げ場がなく精神的にかなり疲弊してしまうケースも散見されます。
また特許事務所の業務は基本的に個人プレーなので、所員は自分の業務に集中していて、事務所内が静まり返っている場面も多々あります。たまに息抜きで誰かとコミュニケーションをとりたいと思ってもそんな雰囲気でもなく、精神的に疲れてしまう場合もあります。
特許事務所に転職すると後悔する可能性が高い人の特徴
特許事務所に転職した後悔する人の中には、そもそも特許事務所に向いていないタイプの人もいます。そのような人は最初から特許事務所以外の転職先を検討したほうがよいでしょう。
自分一人でコツコツと作業するのが苦手な人
特許事務所での業務は基本的に地味で地道な作業です。朝から晩までデスクに向かって黙々と書類を作成したり文献を読み込んだりするのは日常茶飯事なので、自分一人でコツコツと作業するのが苦手な人にとっては苦痛以外の何ものでもないかもしれません。
自分で考えるよりもルールに沿って動くほうが楽な人
特許事務所で働く際にはあまり細かいルールは決められていないことが多く、業務も個人が自分で考えて進めるのが基本です。そのため、定められたルールがあり、何も考えずにそれに従っているのが楽だと感じる人は戸惑うかもしれません。
安定雇用や給与の保障を求める人
雇用の安定性や保障された給与を求める人には特許事務所は向いていません。特許事務所は基本的に成果主義の世界なので、安定を求める人は精神的に不安になる可能性があります。一般企業で働くほうが向いているので、大手企業の知財部などを目指すことをおすすめします。
近年は大手企業が出願コストを削減するために自社で出願するケースが増えています。求人も少なくないので、弁理士資格や特許実務経験があればチャンスは十分にあるでしょう。
自己研鑽を続ける自信がない人
弁理士は難関資格なので資格を取得するまでも難しいですが、資格を取得して働き始めた後も自己研鑽が必要な職種です。技術分野と法律分野の両方について知識の維持・向上に努めなければならず、勤務時間以外に勉強することも必要です。
向上心や追求心を持ち、自己研鑽を続ける自信がない人は特許事務所に転職してもついていけなくなります。結局困るのは自分なので特許事務所はおすすめできません。
周囲の人の動向がついつい気になってしまう人
一般に特許事務所の弁理士は職人気質なので、よい意味で人間関係にドライな人が多く、無意味な噂話をしているより仕事に集中したいという雰囲気があります。そのため周囲をあまり気にせず自分のペースで仕事を進められる人にとっては働きやすいでしょう。
一方、周囲の人の動向がついつい気になってしまう人もいるでしょう。そのようなタイプの人はドライな人間関係を「冷たい」と受け取ったり、業務に集中している同僚を「何も教えてくれない」と否定的にとらえたりする可能性があります。個人主義で職人気質の人が多い特許事務所には向かないかもしれません。
希望別|フィットしやすい特許事務所のタイプを見極めよう
転職して後悔しないためには、応募先が自分の希望を叶えやすい特許事務所なのかを知る必要があります。希望別にフィットしやすい特許事務所のタイプを見てみましょう。
幅広い業務を経験してスキルアップしたい人
大手の特許事務所の場合は分業化・部門の細分化がなされており、特定の分野や業務を担当する傾向にありますので、幅広い業務を経験するのは難しくなります。
一方、中小の特許事務所では自分一人でいろいろな業務を担当するためスキルアップにつながります。幅広い業務を経験したい人は規模が大きすぎない事務所を選ぶのがよいでしょう。
経営の安定した事務所に転職したい人
質の高い明細書を仕上げるとして評判のよい事務所や、クライアントと太いパイプのある事務所を選びましょう。幅広いクライアントがいるか、営業活動もしっかり行っているのかなども重要です。
一般に小規模の事務所ほど経営が不安定になりがちですが、上記のような事務所は小規模でも経営が安定しているため規模だけで判断することはできません。大手でもクライアントが特定の大企業に偏っており、そのクライアントありきで経営されている事務所もあります。
ワークライフバランスを実現したい人
ワークライフバランスが気になる人は、勤務の自由度が高い特許事務所がフィットしやすいでしょう。期限前には残業や休日出勤も必要なので、毎日定時帰るのは難しいかもしれませんが、勤務の自由度が高ければ自分の都合に合わせてスケジュールをコントロールできます。
もともと特許事務所は一般企業と比べても勤務の自由度が高い環境ですが、より自由度の高い事務所を選ぶとよいでしょう。フレックスタイムやリモートワークといった制度が導入されているか、休暇が取得しやすいかといった点を確認しておきたいところです。子育て中の人や病気療養から復帰した人でも無理なく働きやすいでしょう。
高年収を稼ぎたい人
高年収を稼ぎたい人は、まずは成果主義の事務所を選ぶことです。基本的には成果主義のところが多いですが、中には年功序列型の報酬体系を採用しているところもあるので応募の際に確認してください。
成果主義を採用している場合は歩合制が多く、歩合率が高いほど収入も高くなるので、歩合率の高い特許事務所を選ぶのがよいでしょう。また報酬体系や評価の仕組みが明確化されている事務所を選ぶことで、「頑張っているのに報われない」という不満を避けることができます。
将来的に独立したい人
弁理士が独立開業すると努力次第では年収1,000万円以上稼ぐこともできるので、将来的に独立を考えている人もいるはずです。独立するとすべての業務をひとりでこなすことになるため、できるだけ幅広い業務経験を積んでおくことをおすすめします。
やることが多くて大変な部分もありますが、比較的規模が小さい事務所のほうがいろいろな経験ができます。
また独立開業後にどんな分野に力を入れるのかを見越して、その分野の経験値を上げておくことも必要です。自分が力を入れたい分野を扱っている特許事務所を選ぶのがよいでしょう。
丁寧な教育・指導を受けたい人
特許事務所が未経験、または実務経験年数が短いなどの理由で丁寧な教育・指導を受けたい人は、教育体制がしっかり整備されている特許事務所が向いています。
特許業界では新人をじっくり育てる風潮はあまりなく、業務指導も難しい職種なので、なかなか丁寧に指導を受けられない場面も多くあります。
しかしこれもすべての特許事務所に当てはまるわけではありません。1年くらいかけて丁寧に実務スキルが身に付くように指導してくれる事務所もありますので、そのような事務所を選ぶべきです。
基本的には、規模が大きい特許事務所ほど新人教育がシステム化されていて丁寧な指導を受けやすい傾向があります。
弁理士資格の取得を目指している人
特許事務所では弁理士資格がないと弁理士の独占業務である権利化業務ができず、あくまでも弁理士の指示のもとサポートする立場になります。また年収面でも資格の有無が影響します。そのため弁理士資格をぜひ取得したいと考えている人も多いでしょう。
そのような人は試験対策に理解があり、試験を応援してくれる事務所を選ぶことが大切です。たとえば試験前に休暇を取得しやすい、試験勉強を理由に残業なしで早く帰らせてくれる、弁理士試験対策講座の費用補助があるといった事務所が該当します。
後悔しない特許事務所選び|転職時にチェックするべきポイント
特許事務所を選ぶ際にチェックするべきポイントを解説します。
応募先の得意分野や注力している分野
特許事務所には、幅広い分野を取り扱うところと、特定の分野に注力しているところがあります。各事務所の得意分野は事務所HPや弁理士ナビなどで確認できます。
実務経験が豊富であれば、さらなるスキルアップのために幅広い分野を取り扱う事務所へ転職するのも方法です。
一方、特許事務所が未経験であれば、ご自身の経験・経歴にもとづいて分野の方向性を定めて事務所を選ぶのがよいでしょう。未経験の場合はまず一人前になるまでに少なくとも2~3年かかるので、できるだけ得意分野を選ぶほうがフィットしやすいからです。
特定のクライアントに依存していないか
どんな大企業でも1社のクライアントだけに頼っていると、そのクライアントからの依頼がなくなった瞬間から経営が立ち行かなくなります。また1社で複数の出願業務を受注している場合、報酬単価が低くなるため業務量のわりに収入に結びつきにくくなってしまいます。
そのため応募先が特定のクライアントに依存していないかをチェックしましょう。理想的なのは幅広い業種と規模のクライアントがいる事務所です。
継続して営業活動を行っているか
継続して営業活動を行っている事務所かどうかも確認しましょう。集客努力を怠らない事務所かどうかの確認です。
特許事務所は企業や個人の発明ありきで成り立っているので、営業活動とは無縁と感じる人もいるかもしれません。しかし当然事務所の経営を安定させるにはただ何もせず待っているわけにはいかず、継続した営業活動が必要です。
具体的には出願・権利化が終わっても定期的に挨拶に行くとか、ほかにサポートできそうな企業はないか聞くとか事務所HPを充実させるとか、そういった営業活動を行います。人脈が広がると仕事の依頼につながるので、人脈づくりをするのも営業活動のひとつです。
離職率
離職率も確認しておきましょう。必ずしも「離職率が高い=ブラック」とは限りませんが、離職率が高い理由は何かを把握しておくことは大切です。
面接で離職率を質問しにくい場合は、「弁理士の皆さんは何年くらいお勤めの方が多いのでしょうか?」などと聞くのも有効です。長く勤めている人が多ければ定着率が高い事務所だと予測できます。直接聞くのではなく転職エージェントを介して間接的に聞くのもよいでしょう。
なお、特許事務所は一般企業と比べると離職率は高い傾向にあるのでその点は理解しておきましょう。弁理士はキャリアアップを見込んだ転職が活発ですし、辞めても割とすぐに就職できるので一般企業とは少し事情が異なります。
給与形態や歩合率
大きく稼げなくても安定した給与を望むのか、努力した分だけ年収が上がる仕組みのほうがモチベーションにつながるのかは人によって異なります。ご自身が希望する給与形態かどうかを確認しておきましょう。
なお、特許事務所の歩合率の平均は約30%とみられていますので、ひとつの参考にしてください。
所長の考え方や職場の雰囲気
所長の人柄や考え方、職場の雰囲気は重要なのでよく確認しておきましょう。特に規模が小さい事務所ほど働きやすさに直結します。できるだけ所長から話を聞く機会を設けてもらう、職場見学をさせてもらうなどして、自分との相性を確かめておいてください。
特許事務所への転職で後悔しないための転職活動のコツ
最後に、特許事務所への転職で後悔しないために転職活動で気をつけたいポイントをお伝えします。
採用スピードが上がっているのではやめの準備が肝心
コロナの影響で現職の将来性を不安視し、転職を希望する人が増えています。そのため市場全体で採用スピードが上がっており、のんびり構えているとよい求人はすぐに埋まってしまいます。気になった事務所があればすぐ応募できるよう、はやめに準備しておきましょう。
事務所HPを熟読する
事務所HPのチェックは基本中の基本ですが、意外とチェックしていない人も見受けられます。まず、弁理士やほかの所員の人数から規模感が分かるため、事務所の教育体制や分業制かどうかなどある程度の予測を立てられます。
事務所の理念や所長の考え方もわかります。小規模な事務所ほど所長がどんな人なのかが重要です。そのほかにも得意領域、所属弁理士の活躍状況などさまざまな情報が手に入り、面接での話題づくりにも役立ちます。熟読しておきましょう。
インターネット利用が当たり前の現代において事務所HPがなかったり力が入っていなかったりする場合は、経営努力という面で不安も残ります。その意味でも事務所HPはチェックしておくべきです。
できるだけ事務所を見学させてもらう
職場の雰囲気を知るためにできるだけ事務所を見学させてもらうことをおすすめします。事務所側としてもせっかく採用してすぐに辞められると困るので、希望があれば対応してくれる場合があります。
カジュアル面談が可能な場合も
少し特殊ですが、特許事務所の転職では「カジュアル面談」を組んでもらえる場合が多くあります。本格的な選考の前にまずは話を聞いてみたいという人はカジュアル面談が可能かどうか確認してみましょう。転職エージェント経由で申し込むこともできます。
知財業界の知人やクチコミサイトなどからも情報収集する
知財業界にいる知人やクチコミサイトの情報もチェックしておきましょう。もちろんすべてを鵜呑みにする必要はありませんが、業界内で有名なブラック事務所などの情報はあながち見当違いではない可能性もあります。注意して見極めるのに越したことはありません。
転職エージェントを活用する
全国に5,000以上もある特許事務所のうち、すべての事務所で人材を募集しているわけではありませんが、多数の中から自分に合った事務所を選ぶことの難しさはイメージできるでしょう。勤務時間や給与などの基本情報は求人票で確認できますが、後悔しない転職のためには求人票に載っていない情報こそが重要です。
知財業界に強い転職エージェントを利用すれば、独自の情報網から事務所の評判や職場の雰囲気などリアルな情報が手に入ります。面接で直接聞きにくい質問も代わりにしてくれますし、事務所見学やカジュアル面談など事務所を知るための機会を提供してくれる場合もあります。
まとめ
特許事務所は規模が小さいところも多く詳しい情報がなかなか得られないので、いざ入ってみると思っていたのと違ったと後悔するケースが散見されます。まずは自分に向いている特許事務所のタイプを把握し、多方面から情報を収集して応募先を見極めるようにしましょう。