弁護士は東京偏在が顕著な職業ですが、近年は地方で働くことの魅力も見直されています。地方と聞くと収入面や生活面など不安視される方が多いかもしれませんが、地方で働くことのメリットは多数あります。この記事では弁護士の地方転職をテーマに、さまざまな角度から東京で転職することとの違いを解説します。
目次
「地方」と言ってもどの地域なのかで転職事情は異なる
「地方」とひとくちで言っても、人口が多く東京との共通点が多い地域から司法過疎地と呼ばれる極端に弁護士が少ない地域までいろいろあります。リーガルニーズの数や求人事情も異なるため、転職のしやすさをひとくくりに考えることはできません。まずは、地方への転職にあたりどういった点を確認するべきか見ていきましょう。
弁護士1人あたりの人口
以下は都道府県別の弁護士1人あたりの人口です。
- 1位 秋田県 12,800人
- 2位 岩手県 11,757人
- 3位 青森県 11,063人
- 4位 山形県 10,279人
- 5位 岐阜県 9,519人
- 6位 茨城県 9,438人
- 7位 福島県 9,357人
- 8位 三重県 9,176人
- 9位 滋賀県 8,949人
- 10位 富山県 8,562人
- (略)
- 46位 大阪府 1,847人
- 47位 東京都 672人
東北地方の4県が上位を占めている一方で、46位が大阪、最下位が東京となっています。
弁護士1人あたりの人口が多いほど、弁護士が1人でカバーできる人数が多い、つまり競合優位性が高いということです。地方と聞くと「弁護士としてやっていけるのか?」と不安視する声もありますが、競合優位性が高ければ売上にできる可能性が高いため、地域によっては食べるのには困らない仕事を得ることができます。
弁護士1人あたりの民事事件・家事事件数
以下は、弁護士1人あたりの民事事件および家事事件の事件数です。
- 1位 三重県 7.0件
- 2位 岐阜県 6.3件
- 3位 滋賀県 6.1件
- 3位 宮崎県 6.1件
- 5位 沖縄県 6.0件
- 6位 千葉県 5.9件
- 6位 栃木県 5.9件
- 8位 埼玉県 5.8件
- 8位 茨城県 5.8件
- 10位 奈良県 5.4件
- 10位 鳥取県 5.4件
- (略)
- 45位 大阪府 3.0件
- 45位 新潟県 3.0件
- 47位 東京三会 1.8件
弁護士1人あたりの事件数が少ないほど、弁護士が多い(過剰)であることを意味しています。もっとも少ないのが東京三会、次に少ないのが大阪府であることからも分かります。新潟県については訴訟需要が低いといった地域特性があるようです。
人口が多い地方都市
地方の中でも大阪や名古屋など人口が多い都市は、地方の特性を持ちつつも、東京と似た部分があります。転職事情についても、法律事務所や企業の数が多いため地方の中でも求人を探しやすい地域になります。ただし競合が多い分、採用基準は高いケースが多いでしょう。求人があっても採用されにくいので転職活動は戦略的に進める必要があります。
近隣に大都市がある地域
近隣に東京や大阪などの大都市がある地域は、ベッドタウンとして栄えているため人口が比較的多く、その分リーガルサービスの需要も大きくなります。その地域のリーガルサービスを大都市の法律事務所がカバーしている場合があるので、求人が多いとまではいきませんが、求人がまったくなくて困るということも少ないでしょう。
ゼロ・ワン地域
ゼロ・ワン地域とは各地方裁判所支部の管轄内に弁護士が1人もいない、または1人しかいない地域のことです。日弁連の働きかけによってゼロ・ワン地域は解消されていますが、あくまでも統計上の話であって、弁護士が極端に少ないために十分なリーガルサービスが提供できていない地域もあります。そのような地域での転職活動はそもそも法律事務所の数が極端に少ないため難しいですが、地方の公設事務所に入所することで転職のリスクを抑える方法があります。公設事務所とは司法過疎地の解消のために公的団体からの支援を受けて設立された事務所のことで、公共的な性質があるため保守的な地方の利用者から信頼されやすいという特徴があります。
弁護士が地方に転職するメリット・魅力
東京には大手法律事務所や大手企業が集まるため「ダイナミックな案件ややりがいの大きい仕事ができそう」「弁護士として働くならやはり東京がよい」などと考える方は少なくないでしょう。しかし、近年はあえて地方への転職を選択する弁護士も出てきています。弁護士が地方へ転職することには以下のようなメリットや魅力があるためです。
幅広い業務に従事できるから弁護士スキルを高めやすい
地方の法律事務所では若手のうちから1人で多様な業務を任されます。地方に転職すると弁護士スキルが下がると思われがちですが、実は弁護士スキルを高めやすい環境にあります。
東京の法律事務所で働く場合、とくに大手では若手のうちにしっかりと研修期間を設けてもらえることも多いでしょう。先輩の弁護士も多数いるので丁寧な教育も受けられます。一方、地方の法律事務所は研修よりも実践を通じてスキルを磨いてもらうという考えが大きいのが特徴です。
また東京の法律事務所では他事務所との差別化を図るために専門特化する動きが進んでおり、顧客の側もトラブルの内容に応じて専門特化した事務所を好む傾向があります。一方、
法律事務所の数が限られる地方では専門特化して集客するのは難しいため、ひとつの法律事務所で多様な案件を引き受けます。日々勉強を重ねて新しいことを覚えていくことの積み重ねなので、弁護士としてのスキル・基礎力を高めやすいのです。
裁量権が大きい
東京などの大手法律事務所では効率を重視して分業するケースが多いですが、地方の法律事務所では弁護士が1人で1つの案件を任されるケースが多々あります。若手のうちから大きな裁量権を与えられるため、自分の判断で仕事を進められます。そのため成長スピードがはやく、さまざまな挑戦もできてやりがいを感じやすいでしょう。
国選事件を多く経験しやすい
地方は東京よりも弁護士1人あたりの事件数が多いため、国選事件も多く経験できます。弁護士としての経験値が上がるのはもちろんですが、国選事件は個人受任事件として報酬を受け取ることができるため年収面でのメリットもあります。地方は東京に比べると年収水準が低いですが、個人受任が多い地方弁護士の年収が東京の大手法律事務所で働く弁護士の年収を上回るケースもあります。
地域への貢献度を感じやすい
地方の法律事務所では東京ほどダイナミックな案件は経験できないかもしれませんが、多種多様な個人事件を経験します。法律問題で困っている地域住民に寄り添い、問題解決に導くことができるため、地域への貢献度を感じやすいでしょう。もちろん個人事件だけでなく企業が関わる大型案件や専門的な案件もあるので、地域経済へ貢献することもできます。
都心に比べて独立するハードルが低い
地方は東京に比べて事務所の賃料が格段に低く、人件費の水準も低めです。法律事務所を経営するコストがかかりにくいため、東京に比べて独立・開業するハードルは低くなります。独立した後も、競争相手が少ないため、地域のリーガルサービスの需要を独占しやすいでしょう。そのため地方ではある程度の経験を積んでから独立する方が比較的多くいます。
地方にある有力企業の顧問弁護士も狙える
地方の法律事務所に転職すれば、地域に根ざした優良企業との新規顧問契約を締結できる可能性があります。
地方の企業が東京の法律事務所と顧問契約を結ぶケースもありますが、弁護士が地方へ直接出向く必要がある場面では移動や宿泊のコストなどがかかります。一方、地方の法律事務所では重要な交渉ごとなど直接訪問する必要がある場面でもコストを抑えて対応できるため、こうした強みを強調することで顧問契約を結べる可能性があります。顧問契約は継続的な収入が見込めるため事務所の経営が安定します。契約を獲得できれば所属事務所での評価も上がるでしょう。
弁護士が都心で働く場合との条件面や環境面の違い
ここからは、条件面や環境面にフォーカスして、都市部で働く場合と地方で働く場合との違いを見ていきましょう。
年収は都心のほうが高額になりやすい
年収については、地方よりも東京のほうが高額になりやすいです。理由は、東京には大手法律事務所や渉外事務所が多くあるためです。これらの事務所は渉外案件や大手企業の企業法務など報酬単価の高い案件を一手に引き受けているため、そこで働く弁護士の年収水準も高い傾向があります。また、競合に負けないよう高額の報酬を支払ってでも優秀な弁護士を採用したいという考え方から、転職時の提示年収が高くなりやすいのも理由です。
生活水準は地方のほうが高い場合がある
年収は東京のほうが高い一方で、生活水準については地方のほうが高い場合があります。主な理由は物価、とくに地価の違いです。たとえば地方でマンション暮らしをする場合、東京と同じ額の家賃を出せば東京の倍以上広い部屋に住めることは珍しくありません。
地方事務所のワークライフバランスは比較的良好
競争が激しい東京の法律事務所ではハードワークが基本なので、ワークライフバランスを取るのは難しい面があります。一方、地方の法律事務所ではワークライフバランスは比較的良好です。理由としては、東京のように競争が激しくないため営業活動にかける時間を短縮できるということと、弁護士に与えられる裁量が大きいため仕事のやり方を工夫すれば早く帰りやすいということが挙げられます。もっとも、地方では1人あたりの事件数が多いので、メリハリのある働き方をしている弁護士が多いと言ったほうが正確かもしれません。
移動手段は車を使うことが多い
どの地方なのかにもよりますが、移動手段は公共交通機関よりも車を使うことが多いです。裁判所や法務局の周辺や地下に大型の駐車場があることも多く、私生活で利用する商業施設や飲食店なども車移動を前提に駐車場が整備されています。東京で働いていると満員電車で通勤・移動することが当たり前かもしれませんが、地方では基本的にそのストレスから解放されます。車移動だと乗り換え等もないため、長時間通勤で時間を浪費することもありません。
弁護士が地方へ転職する場合の注意点
弁護士が地方へ転職することは多数のメリットや魅力がありますが、地方ならではの注意点もあります。
よくも悪くも仕事の評判が広がりやすい
地方ではその地域の司法関係者の顔と名前が一致するほど仕事上の関係が密接なので、よくも悪くも仕事の評判が広がりやすい点には注意が必要です。よい評判が広がれば仕事関係のつながりで案件を紹介してもらえるなどメリットが大きいのですが、悪い評判が広がってしまうと仕事がやりにくくなるリスクがあります。
都心と比べて紛争が起こりにくい(=仕事にならない場合がある)
地方は東京などの都市部と比べて紛争が起こりにくい、つまり仕事にならない場合があります。地方ではコミュニティ内での噂が広がりやすいので、トラブルが起きても声をあげない、泣き寝入りするという人が多いからです。もっとも、地方でも100万人都市やそれに準ずる都市では、いわゆる田舎のような密度の濃い人間関係はありません。法律トラブルが起きれば遠慮なく弁護士へ依頼するという人もいるため、その点では東京で働くのと相違ないでしょう。
司法書士のリーガルサービスで済む場合も多い
司法書士は登記の専門家ですが、地方では法律の専門家として地域住民に頼られている場合が多くあります。法律事務所の数が限られる地方では、広く浅く法律に関わる相談に乗ってもらえる司法書士のニーズが高いためです。認定司法書士であれば140万円までの民事紛争を扱えますし、依頼する際の費用も弁護士より低いため、司法書士のリーガルサービスで済む場合が多いのでしょう。
大企業向けの企業法務案件は少ない
地方でも企業法務案件はありますが、東京のように大企業向けの案件が多くあるわけではありません。大企業向けの企業法務に携わりたい方はやはり東京で働くのがよいでしょう。
新規開拓しにくい
地方では企業数や人口が少ないため、新規開拓が難しいです。東京の場合は次々と新しい企業ができているため、ニッチ産業をターゲットに開拓していくことなども可能ですが、保守的な地方では難しいでしょう。また地方から東京への人口流出が問題視されており、将来的にはその地域でのニーズが先細りになる可能性はあります。
職業の地位が高く見られやすいので謙虚な姿勢が必要
東京はいわば「星の数ほど弁護士がいる」状態です。企業の法務部に弁護士がいたり、多数の法律事務所があったりと弁護士は珍しい職業ではないでしょう。一方、地方では弁護士が大勢いるわけではないため、「先生」と呼んで尊敬してくれたり丁寧な接遇を受けたりと、地位の高い職業と見られやすい傾向があります。しかし、地方に行ったからといって急に弁護士としての実力や地位が上がったわけではありません。住民に本当に必要とされる弁護士になるには、謙虚な姿勢を忘れずにいることも重要です。
弁護士が都心で転職活動する場合と地方で転職活動する場合の違い
都市部での転職活動と地方での転職活動には以下のような違いがあります。
求人の数が少ない
地方は東京に比べると法律事務所や企業の数が圧倒的に少ないため、当然ながら求人も少ないです。東京のように多数の求人の中から比較・検討して選ぶということは難しいため、転職先の候補は限られます。
法律事務所の情報が少ない
求人があっても、地方では法律事務所の情報が少なく応募先の情報収集に難航しがちです。
東京の法律事務所の場合、集客のために事務所ホームページを充実させたり、代表弁護士がメディア等で活動していたりしています。求職者は情報を集めやすいでしょう。地方の場合は集客にそれほど力を入れる必要がなく、採用も紹介で決まったりするため、事務所の情報量が少なめです。
転職活動の方法が限られる
地方での転職活動の方法はある程度限定されます。東京であれば紹介・転職サイト・転職エージェント・ダイレクトリクルーティング・ソーシャルリクルーティングなど多様な方法がありますが、地方ではあまり使われない方法もあります。
転職エージェントのサポートを受けられない場合がある
東京の転職活動は転職エージェントを使う人が多いですが、転職エージェントは首都圏の求人を対象にしているケースが多く、地方までカバーしていない場合が少なくありません。転職エージェントに申し込んでも、ほとんど求人を紹介してもらえない場合があります。
採用までのスピード感がある
東京の法律事務所、とくに規模が大きな事務所では書類選考の後に複数回の面接があるなど一般企業と同じようなプロセスで選考が進んでいきます。対して地方は小規模事務所が多く、面接は最初から所長が行うケースも多いため、採用までスピーディに決まるケースが多いです。
人柄や熱意が重視されやすい
都市部の法律事務所は応募者が多いため、司法試験の成績や経験年数など事務所が定めた基準によって応募書類の段階で振り分けが行われます。地方でも経験年数は確認されますが、それ以上に人柄や熱意を重視する傾向があります。応募書類で足切りするよりは「まずは会ってみよう」というスタンスの事務所が多いため、面接で熱意を伝えることも大切です。
弁護士が地方で転職する方法
最後に、弁護士が地方で転職する方法を解説します。
知人からの紹介
地方では同業者や司法関係者、顧問先など知人からの紹介で転職が決まるケースが多くあります。したがって、転職したい地域で人脈を広げておくことも大切です。弁護士の勉強会や士業の交流会などいろいろな機会を利用して人脈を広げましょう。
地方特化型の求人サイト
特定の地域に特化した地方特化型の求人サイトを使う方法もあります。その地域の求人を検索して応募できるサービスです。インターネットを使って場所や時間を問わずにアクセスできるため、都市部からの転職など、直接地方を訪れて転職活動する時間が取りにくい場合にも利用できます。
地方特化型の転職エージェント
転職エージェントにも地方特化型があります。どの地域にもあるわけではありませんが、希望の地域にあれば利用価値は高いでしょう。求人サイトと異なり、応募先の選定や面接の日程調整、面接対策などさまざまな転職サポートを受けることができます。
地域によっては対応できる全国版の転職エージェントもある
希望の地域によっては、全国版の転職エージェントに対応してもらえる場合があります。大手の転職エージェントであれば全国に拠点があるケースも多く、大阪や名古屋、福岡などの主要都市の転職では対応してもらえる可能性が高いでしょう。近年は遠方の対象者にWeb面談でサポートしてくれるエージェントもあります。
大手法律事務所の地方支店を狙うのも方法
全国に支店がある大手法律事務所の地方支店を狙うのもひとつの方法です。その支店で働くことを前提にしつつ本社がある東京で面接をしてもらえるケースもあるため、転職活動のたびに地方に移動するなどの労力がかかりません。事務所を新しく構える場合は支店長を任されるケースもあり、事務所の立ち上げに一から携われる面白さもあります。
ただし、こうした事務所の支店は小規模事務所と同じで少ない弁護士数・スタッフ数でまわすので、大手法律事務所に所属している実感はわきにくいかもしれません。もっとも、仕事で困ったときは全国の所属弁護士にメールや電話等で相談できるので、その点は大手のメリットといえます。
まとめ
弁護士が地方へ転職することは多くのメリットや魅力があります。働き方の希望やキャリアの志向とマッチする場合は、地方への転職も前向きに検討してみてはいかがでしょうか。