司法書士の転職先といえば司法書士事務所や司法書士法人ですが、企業の法務部というキャリアを選択する人も珍しくありません。
近年は企業のグローバル化にともなう法的リスクの増加や、企業の不祥事・不正をきっかけとしたコンプライアンス重視の潮流から法務部のニーズが増えており、司法書士にも転職のチャンスが広がっています。
一方、司法書士が企業の法務部へ転職するには難しい部分もあるため、ポイントを押さえて転職活動を進める必要があります。
この記事では司法書士が法務部へ転職できる可能性や難易度、注意点や転職活動のポイントを紹介します。
目次
司法書士が法務部に転職することは可能なのか
最初に、司法書士は法務部へ転職できるのかについて解説します。
司法書士は法務部で活躍できる
結論からいうと、司法書士は法務部で活躍できる素養があるため、転職できる可能性は十分にあります。
司法書士から法務部へ転職を希望する人は増えており、実際に採用されるケースは少なくありません。
また昨今では司法書士が企業法務分野の業務を扱う事例も増えているため、その経験を企業内で活かすことができます。
自社に法務部を置く企業が増えている
これまでは法務部というと大企業など一部の企業にしかないのが通例でしたが、近年は自社に法務部を置く企業が増えており、中小企業やベンチャー企業などでもその動きが見られます。
法務部が増えれば、司法書士が法務部へ転職できるチャンスも広がります。
法務部は契約書のチェックや法律トラブルの対処など法律が関わるあらゆる場面で専門知識を発揮し、法的リスクを防ぎ事業運営が円滑に進むようサポートする部署です。
もちろん法律問題の対応や法的チェックなどの場面では顧問弁護士が果たす役割も大きいのですが、自社の事情に精通した法務部があることで、法的な問題が発生した際にスピーディーな対応が可能となります。
とくに近年はグローバル化が進み法的リスクが増したこと、企業価値判断の材料としてコンプライアンスが占める割合は年々増加していることなどから、法務を内製化する企業が増えています。
司法書士を歓迎する企業は多い
法務部がある企業から見て、司法書士のニーズがどれくらい高いのかといった正確なデータはありません。
しかし転職サイトなどで公開されている法務部の求人を見ると、「司法書士資格必須」「司法書士歓迎」などと記載された求人が多くあります。
実際の求人状況などからは、司法書士を歓迎する企業はある程度多いと判断できます。
司法書士は法的知識が豊富
司法書士というと登記をする人くらいのイメージしか持っていない方もおられますが、司法書士は法律の専門家です。
したがって、法務部で活躍できる素養が十分にあると考えられます。弁護士と比べて一般的な認知度が低いということもあり、あまり知られていませんが、司法書士は法律知識が非常に豊富です。
このことは、司法書士法や司法書士試験範囲、合格率を見れば明らかです。
司法書士法第1条では
「司法書士は、この法律の定めるところによりその業務とする登記、供託、訴訟その他の法律事務の専門家として、国民の権利を擁護し、もつて自由かつ公正な社会の形成に寄与することを使命とする。」
と、法律の専門家であることが明記されています。
また司法書士試験では不動産登記法のほかに民法や商法、商業登記法など計11の法律科目が出題されます。そして合格率は例年3~5%台と、数ある資格試験の中でもトップクラスに難しい試験です。これを突破した司法書士が豊富な法律知識を保有していることに疑いの余地はないでしょう。
参考:司法書士法
司法書士業務と法務業務との親和性が高い
司法書士業務は法務業務との親和性が高いため、司法書士としての経験を活かした活躍に期待できます。
たとえば登記業務に求められる正確性は法務業務にも活きるでしょう。契約書の作成や法的トラブルを防ぐための契約書の精査、法律相談対応も司法書士が日常的に行っていることです。
もちろん、法律知識の豊富さやそれを用いた問題解決能力、論理的思考力なども法務業務を行ううえで大きな意味をもちます。
司法書士が法務部へ転職する難しさ
司法書士は企業の法務部で活躍できる素養を備えていますが、転職が容易であるとはいえません。法務部へ転職する際にどんな点が足かせになるのかを見ていきましょう。
法務部は求人が少ない
そもそも法務部は求人が少ない部署です。まず、すべての企業で法務部が置かれているのではなく大企業や上場企業が中心です。
中小企業も増えてはいますがまだまだ多くはありません。そして法務部は間接部門なので必要最低限の人員で構成されています。
専門性が高いことから長く勤める人が多いためポジションの空きがなかなかでません。こうした理由から法務部の求人は全体的に少ないという現実があります。
求人があっても倍率が高い
求人が出ても、法務部は倍率が高いため内定を勝ち取るのが難しいです。まず、営業や販売のように大量募集することはなく、募集人員は1名ないし2名です。
それに加えて、法務部は応募者の質が高いためほかの優秀なライバルとの競争になります。司法書士だけでなく弁護士やほかの士業資格を保有している人、無資格でも企業の法務部で経験を積んできた人もライバルになります。
司法書士事務所への転職であれば、当然ながら司法書士の有資格者が有利ですが、企業はそうではありません。むしろ資格は必須ではないため、法務経験者のほうが有利です。
司法書士のニーズの高い業界が限られる
企業法務で司法書士の専門性を発揮しやすい業界には不動産関連や金融などがあります。
不動産関連業界では企業間取引の契約書作成やリーガルチェックなど、金融では住宅ローンに関する契約のリーガルチェックや担保権の手続きなどを行います。
しかし業界が限られているのは否めず、司法書士をピンポイントで採用したいと考える企業はそれほど多くありません。
それなりの待遇を提示しなければという企業側の事情
司法書士の法律家としての価値をわかっている企業であれば、それなりの待遇を提示しなければならないと感じるでしょう。
また司法書士資格があれば、やる気さえあれば独立開業できるので、離職を防ぐためにもそれなりの待遇が必要です。一方、待遇がよくなれば採用するためのハードルも上がります。待遇に見合うだけの活躍をしてくれる人材を求めるからです。
有資格者なら弁護士が有利
司法書士の転職では司法書士資格や司法書士の専門性がそのまま評価されるというよりも、法律の知識や素養が評価の対象になります。司法書士だからといって必ずしも転職しやすいわけではありません。
むしろ、有資格者という点では弁護士が有利です。弁護士はすべての法律事務を扱える唯一の専門家であるのに加え、一般的な認知度も高い職種です。
また司法制度改革による弁護士数の増加や企業の法的リスクの高まりを受けて企業内弁護士を目指す人が増えており、法務部への転職では弁護士との競争もあります。
司法書士が法務部へ転職するには、弁護士も含めたほかの候補者との競争に勝ち抜く必要があり、ハードルの高さがうかがえます。
組織人としてやっていけるのかも重要
一般企業は法務部に限らず組織との相性を重視するため、応募者は組織になじめるかどうかをチェックされます。
一般企業で働きながら司法書士資格を取得した人であれば問題ないのですが、一般企業での勤務経験がなく司法書士事務所でしか働いたことがない人は組織との相性を不安視され、採用が見送りになるケースがあります。
司法書士事務所ではなく法務部に転職するメリット
司法書士資格を存分に活かせるのは司法書士事務所や司法書士法人、司法書士を置く法律事務所などです。しかし近年は企業の法務部に転職を希望する司法書士が増えています。司法書士が企業の法務部を希望するのは、以下のメリットがあるからです。
登記以外の業務を経験できる
司法書士事務所では不動産登記と商業登記を中心に行うことが多いですが、一般企業の法務では登記以外のさまざまな業務を経験できます。
たとえば契約の締結や訴訟対応、知的財産権の取得や第三者からの権利侵害対応、労働トラブル対応など法務が関わる業務は多岐にわたります。
司法書士事務所での経験に法務としての多様な経験が加わることで人材市場での価値を上げることができ、さらなるキャリアアップにつなげられます。
ワークライフバランスを保ちやすい
司法書士事務所はクライアントからの受注で成り立っているため、仕事の期限やペースをコントロールしにくく、案件の数や打ち合わせのタイミングによっては残業や休日出勤になる場合があります。
この点、一般企業では仕事のペース配分などが比較的容易なので残業が少ない場合が多く、ワークライフバランスを保ちやすい環境にあります。
司法書士事務所でハードワークが続いていた人を中心に、ワークライフバランスの改善を求めて転職するケースが見られます。
年収が上がる可能性がある
司法書士事務所で働く司法書士の平均年収は450万円前後と、専門性に見合った年収を得ているとはいえないかもしれません。
昇給や賞与の有無、金額も事務所方針によるため大きな期待はできません。一方、法務部の年収は20代でも400万~600万円と管理部門の中では比較的高年収の部類に入ります。
また法務部があるような大企業では定期昇給があるほか賞与や福利厚生にも恵まれています。司法書士事務所から法務部へ転職することで年収が上がる可能性があります。
雇用と収入が安定する
司法書士事務所は小規模な事務所も多く、雇用と収入が不安定になりがちです。
これに対して法務部がある企業は資金力が豊富で経営基盤がしっかりしているケースが多く、安定感があります。事務所の将来を不安視した場合には一般企業の法務部も選択肢に入ってくるでしょう。
自社の利益のために注力できる
司法書士事務所はクライアントのために業務を行いますが、企業では自社の成長や利益のため、自社を守るために業務を行います。クライアントワークと比べて仕事を自分事と捉えやすく、やりがいにもつながっています。
法務部への転職を考える前に押さえておきたい注意点
転職するメリットが大きい法務部ですが、司法書士が働く場合には注意点があります。
司法書士資格を活かしきれない
法務部では法律の知識を活かすことができますが、資格そのものを活かすのは難しいでしょう。
法務部は資格必須ではないですし、司法書士の専門分野である登記以外の業務が多いためです。また司法書士法の制約から、司法書士登録をしたまま企業に所属することは難しいという事情もあります。
そのため司法書士としてではなく、法務部員として所属することになり、司法書士資格を活かしきれません。
司法書士業務のスキルが低下する
法律に関係することなら何でもやるのが法務です。業務範囲が幅広いためスキル向上につながる一方、登記を中心とする司法書士業務に携わる機会は減ります。
司法書士としての専門性を深めることはできないため、いずれ司法書士業界に戻りたいと考えている場合は注意が必要です。
いざ司法書士事務所へ転職しようと思っても、業務スキルが低下しており転職活動が思うようにいかない可能性があります。
法務部からのキャリアパスが少ない
法務部のキャリアパスは自社の法務部内で役職をあげていくか、別の企業の法務部へ転職するのかのどちらかになるケースが多いでしょう。
法務部は専門性が高い部署なので異動も少なく、ほかの職種としての転職も簡単ではありません。法務部で長く勤務するとキャリアパスが限定されてしまうという点は理解しておく必要があります。
総務などとの兼任になる場合もある
企業規模によっては法務職と総務などほかの職種との兼任となる場合があります。
この場合でも、司法書士資格があるからといってほかの業務を拒むことはできません。法律とは関係ない業務をやる機会もあるため、業務内容や範囲については転職前によく確認しておくことが大切です。
司法書士が法務部への転職を成功させるには
法務部への転職は司法書士といえども難易度が高いです。まずは、司法書士資格があれば何とかなるという考えは捨てましょう。
そのうえで以下のポイントを押さえて転職活動を行います。
応募先の研究を丁寧にやっておく
応募先についてあまり調べないまま応募する人も少なくありませんが、企業研究は丁寧にやっておくことが成功への第一歩です。
これには業界や法務職という職種に関する研究も含みます。応募する業界・会社・職種への理解を深めることで、どんなときもぶれない志望動機と応募先への熱意を伝えることができます。
企業法務の実務経験があれば確実に伝える
これまでに企業法務の実務経験があれば応募書類と面接でしっかり伝えましょう。企業法務経験があれば、一般民事などの経験しかない弁護士と比較しても有利にはたらく可能性があります。
総合力をアピールする
司法書士事務所での業務は登記手続きをするまでが依頼内容というケースも多いでしょう。
しかし一般企業の場合は株主総会での説明や規程の変更など関連する業務が多数あり、登記をして終わりということはありません。そのため専門家としてのスキルを発揮する司法書士事務所と比べて総合力が求められます。
これには業務スキルのほかに人間性やコミュニケーション能力、提案力なども含まれます。司法書士事務所の経験しかなくても、行政機関との交渉経験やどのように問題を解決したのかなどを伝えることで総合力の高い人材だという評価につながります。
司法書士事務所で企業法務の経験を積む
企業法務の経験がない場合は転職難易度が上がるため、まずは企業法務の経験を積める司法書士事務所で経験を積み、それから企業の法務部へチャレンジするのも方法です。
司法書士資格が評価の対象となる司法書士事務所への転職は、法務部への転職よりはハードルが低いため、遠回りのようで近道になる可能性があります。
30代前半までに転職する
一般企業への転職は若いほど有利です。とくに法務部があるような大企業は組織へのなじみやすさや教育のしやすさ、ポテンシャルの観点などから年齢を重視する傾向があります。
目安としては30代前半までの転職を目指しましょう。そのためには、できるだけはやい段階で自身のキャリアプランを策定する必要があります。
転職エージェントに相談する
法務部の求人は数が少ないため、転職エージェントの利用が必須です。
転職エージェントが保有する非公開求人でしか募集をかけない企業も多いため、転職エージェントを利用することで希望にマッチする求人に出会える可能性が上がります。
また転職エージェントは職場の雰囲気や求める人材像など求人票だけでは見えてこない詳細情報をもっているため、情報収集に厚みが出て確度の高い転職活動を進められます。
法務部への転職におすすめの転職エージェント5社
最後に、法務部への転職活動で利用を検討したい転職エージェントを4社紹介します。
NO-LIMIT
法務部や弁護士の転職に特化した転職エージェントです。法律業界に詳しい専任のアドバイザーが一人ひとりの希望や経験に即したキャリア設計をサポートしてくれます。法務職を知り尽くした専門性の高いアドバイザーのサポートにより、ミスマッチの少ない転職を実現できるでしょう。
公式サイト:https://no-limit.careers/
BEET-AGENT
BEET-AGENTは、管理部門(法務部、総務部、人事労務等)の転職に特化した転職エージェントです。管理部門特化のアドバイザーが、希望条件と求職者のスキルと経験をしっかり把握する体制を敷いているため、ベストマッチの転職を実現できるでしょう。
公式サイト:https://beet-agent.com/
MS Agent
管理部門・士業特化型の転職エージェントです。法務の転職支援も得意としており、法務部の求人が豊富にあります。特化型エージェントとして30年以上の実績がある老舗のエージェントなので、蓄積された転職ノウハウを活かした支援を受けられます。
※参考:MS Agent
リーガルジョブボード
司法書士や弁護士などの士業専門の転職サービスです。司法書士には司法書士専門のエージェントがつくため、業界や職種事情を踏まえた専門的なアドバイスおよび求人紹介を受けられます。
リーガルジョブボードではエージェントを利用して求人を探すことも、求人検索やスカウトメールを通じて自分で求人を探すことも可能です。
※参考:リーガルジョブボード
法務求人.jp
法務求人に特化した求人サイトです。転職エージェントサービスを利用すると、法務職に詳しい専任エージェントが希望を聞き、相談を重ねながら今後のキャリアを一緒に考えてくれます。
また、弁護士に焦点を当てたヒューマン・ドキュメント誌「Attorney's MAGAZINE」を発行するなど法律業界の事情に精通しているため、質の高い情報を得られるでしょう。
※参考:法務求人.jp
まとめ
企業における法的リスクの高まりやコンプライアンス重視の社会的流れを受け、企業の法務部を強化する動きが強まっています。
司法書士は法務部で活躍できる素養を十分に備えているため、法務部が気になる方はチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
求人数が少なく倍率が高めなので、転職エージェントに相談しながら戦略的に転職活動を進めることが大切です。